第2390話:海賊とノバウラセア
話にケリをつけるように王様が言う。
「まあよい。行こうではないか」
「そーだね。ちょっと待って」
「む? 何か?」
「地図を出すよ。あたしは慎重派なので、ネタが欲しいの」
「慎重派? ああ、ユーラシアはムリなことはしないと自称しているのだったな」
何だ、自称しているって。
正真正銘の慎重派だとゆーのに。
ナップザックから地図を取り出す。
ノバウラセア、と。
「ここか。予備知識が欲しいな。あたしは地図見てわかることしか知らないんだよ。王様は何か情報ある?」
他所の人間にはわからない、タブーのようなもんがあったりするかもしれない。
ソロモコで知ったことだ。
良好な人間関係の構築のためには、現地の人が嫌がるようなことはしたくない。
「予の知っていることも多くはないな。暖かい海流が届くからギリギリ人が住めるといった印象だ」
「なるほど」
「首都ヨークソムは、世界最北の都市とも言われている。ここより北にも集落はあるだろうが、大きいものはないということだな」
うむ、地図にもヨークソムより北に集落は載ってない。
「主要産業は当然漁業だ。昔は海賊の住処だったとも聞くな」
「へー。船乗りとして優秀な人は多いかな?」
「かもしれぬ」
今後世界で貿易が盛んになると活躍する人材が出てくるかも。
「ふつーに考えて、寒い北の方は暮らしにくいと思うがなあ? 何がよくてあんな北の方に住んでるんだろ?」
「海賊の話にも通ずるが、より南の地域で追放されたとか。勢力争いに負けたとかで北に追いやられたという説があるな」
「ふーん」
なら帝国やガリアとメチャクチャ人種や習慣が違って困るとかゆーことはないな。
特に心配はなさそう。
「現在は女性が統治している」
「女王様か」
「事実上はそうだな。『王』という呼称は用いず、『首長』と呼んでいるらしい」
女首長が治める国か。
寒さが厳しいだろうになあ。
「予が知っているのもそれくらいか……。そうだ、ノバウラセアとは『新しい大地』という意味だそうな」
「新しい大地か。いい言葉だねえ」
「『ウラセア』はおそらく『ユーラシア』が訛ったものだと思う」
「そーなの?」
親近感が湧くなあ。
『ユーラシア』が訛ったものだとすると、汎神教ないし汎神教から派生した宗教の国なんだろうと予想する。
「ところで今日は精霊達を連れてきてくれたんだな?」
「ガリアから王様一人って言ってたから。重要な手紙持ってる国の使者じゃん? 舐められちゃいけないと思って」
「ほう、考えてくれているのだな」
まあ精霊連れなら只者と思われるわけないから、若干やりやすいんじゃないかな。
あたしはこういうとこ気にする方。
「ヴィル、このヨークソムって町に行ってくれる?」
「わかったぬ!」
掻き消えるヴィル。
高々カラーズの半分くらいの人口の国だ。
すぐいい場所が見つかるんじゃないかな。
赤プレートに反応がある。
『御主人、ビーコンを置いたぬ!』
「ヴィルありがとう」
新しい転移の玉を起動してヨークソムへ。
◇
「御主人!」
「よーし、ヴィルいい子!」
飛びついてきたヴィルとクララをぎゅっとする。
やはり北国だからか、夏だというのにやや肌寒い感じがするな。
しかし?
「何かせかせかしてるね。雰囲気おかしくない?」
「そうだな」
「どーなってんだろ?」
町外れの一角のようだ。
比較的行き交う人達が多い。
自分で言うのも何だが、こんなに怪しい一団なのにほとんど気にされてないみたい。
とゆーかバタバタしてるな?
わからん時は聞いてみるが鉄則だ。
小走りで過ぎ去ろうとする若い男を捕まえる。
「こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
「何だ! お前らも敵か!」
「え? 違うよ」
若い男の人だったら話簡単に聞けるかと思ったら、いきなりのケンカ腰だぞ?
敵扱いとは、マジでどーなってるんだ?
王様が面白そう。
「ユーラシアが怒鳴られるのは珍しいのではないか?」
「珍しいってわけでもないけど、わけもわからず怒鳴られることはあんまりないかな。美少女に対して親切にするってのは世界の常識かと思ってたわ。ノバウラセアは価値観が違うのかしらん?」
「何なのだ、お前らは!」
「あたし達はガリア王国の使者だよ」
「えっ、ガリア? 南の大国の?」
「そうそう」
ちょっと毒気の抜けた顔になった。
よしよし。
それにしてもガリアが南の国扱いされてるのは違和感あるなあ。
「親書を持ってきてるんだ。偉い人がいるのはどこかな?」
「つまりガリアがバックにいるということか!」
「何のだ。少しは頭冷やせ」
「わわわわわ?」
わっしょーいと思いっきり上に放り投げ、受け止めたところで言い聞かせる。
「あたし達は友好使節だとゆーのに。敵認定するなら受けて立ってもいいけど、その前に理由を聞かせなさい。今ノバウラセアに着いたばかりで状況がわからん」
「海賊の来襲だ!」
「海賊?」
「近海一番の大海賊ビョルンだ! 略奪しに来たんだ!」
「あれ? 結構な一大事だね」
つってもノバウラセアも海賊の末裔なんじゃないの?
冷静に傍から見るとどっちもどっちというか。
さすがに失礼だとは自覚してるから口にはしないけど。
王様が言う。
「北の海は慢性的に農作物不足だ。どうしても物資、特に食料の奪い合いになる」
「うんうん、当然守る方も武装するよねえ」
「守り一辺倒ということはないな。時には攻めることもあるだろう。北の海で海賊と言えば、戦闘による物資の略奪を辞さない武装集団ないし武装集落を指す」
「じゃ、海賊それぞれが独立国みたいなもんなんだ?」
「規模の大小に目を瞑ればそういうことになるな。どうする?」
あたし達には関係のないことだ。
北国の海賊には海賊なりの仁義やルールがあるのかもしれんし、勝手にやってろと放っておくのも一つの手だと思う。
でも貿易商船が海賊に襲われるんじゃ、いつまで経っても平和な海にならない。
商売によって何でも手に入る世の中の実現の障害だ。
イコールあたしの敵。
「どうやら海賊行為は御法度だぞーっていうありがたい教えを、聖女たるあたしが訓示してやらなきゃいけないみたいだね」
「つまりノバウラセアに味方して参戦するんだな?」
「タダ働きになっちゃうけど」
「そうこなくてはな」
何で王様は乗り気なのかな?
聖女のあたしはお肉の絡まない血生臭いことは嫌いなんだけど。




