第2382話:ただ泣きたくなるの
――――――――――三五二日目。
「ただ泣きたくなるの」
「どうしたユーちゃん。今日はいつもとノリが違うじゃねえか」
今日は凄草株分けの日。
いつものように畑番の精霊カカシ、大悪魔バアルとともにお喋りしながらの作業だ。
「四日後には異世界が攻めてきて、精霊使いエルの争奪戦なんだよ。予定通りにことが進めば、『アトラスの冒険者』は四日後に廃止になるね。となると今日があたしの『アトラスの冒険者』である最後の凄草株分けの日」
「とんだリミテッドアニバーサリーである」
バアルが呆れているけど、それだけあたしにとって『アトラスの冒険者』は特別なものだったってことだよ。
色々あった濃い一年間だった。
「『アトラスの冒険者』になれてよかったわ。でなきゃカカシやバアルとも会えてなかったかもしれない」
「ユーちゃん……」
「そうであるなあ」
カカシやバアルにも感慨があるようだ。
うちの子になった今が楽しいと思ってもらえているだろうか?
「ユーちゃんはどういう経過で『アトラスの冒険者』になったんだ?」
「話してなかったかな? 去年の九の月の一日、あたしは素材や海藻拾いのために海岸へ行ったのでした」
「おお、期待を持たせるプロローグだな」
「九の月であるか。まだ一年経ってないとは驚きである。もうその時にはカル帝国海軍のドーラ遠征は決まっていたである」
「だよねえ」
飛空艇が完成し次第、ドーラに攻めてくるという話だったか。
あたしが『アトラスの冒険者』になる前に計画されてたイベントに、主役級で参加させてもらえたというのは不思議な感じがする。
「波打ち際で『地図の石板』を手に入れてさ。触って地鳴りがしたと思ったら一つ目の転送魔法陣、チュートリアルルーム行きのやつが設置されたのでした」
「いきなりかよ」
「乱暴な話であるな」
「それな? 『アトラスの冒険者』ってかなりおかしいと思うけど、特に最初がメッチャ不親切だわ」
初期に脱落しやすいシステムまで含めて、全然わけがわかんなかった。
確とした人生を歩んでなかったり迷ってたりすると、『アトラスの冒険者』に選ばれやすいそーだ。
でも道徳心とかと一緒で本部の匙加減だったんだろうしな?
今考えれば赤眼族監視と、もう一つおそらくは『アガルタ』の神様の都合で、こっちの世界の発展度をチェックさせるという目的だったからだろう。
人材の育成には重きを置いてなかったのだ。
チュートリアルルーム係員の尻を叩くくらいのことをしただけ。
「チュートリアルルームで大掃除したり御飯食べたりしてる内に、いつの間にか冒険者だよ」
「わからねえ」
「わからんである」
「本当だ。何一つ事実じゃないことがないのに、他人からこれ聞かされたら寝言は寝て言えって言いそう」
あるいは疲れてるなら寝ろって言いそう。
「運命だったんだろ?」
「素敵な結論だねえ。あたしが聖女認定されるのは運命だったのか」
「実に吾が主らしい、都合のいい解釈である」
「そんなことより雨が少ねえんだよな」
「あたしの人生に関わる一大事がそんなことか。まーいーや。ダンテが明後日大雨って言ってたよ。明日遠出するから、濡れるとまずいやつは今日中に収穫しとこうかと思って」
「特に濡れちゃいけねえ作物はねえな。トウモロコシの来年蒔く種を取るやつは、もうしばらくこのままなんだろ?」
「そーだね」
カカシのおかげで農作物の成長については全く心配はいらないのだが、収穫はな。
あたし達でやんなきゃならない。
もっとも収穫って楽しいから嬉しい。
「ところで堆肥や腐葉土って、細かい方が熟成が早いんだよね?」
「そりゃそうだぜ」
「何を考えているであるか?」
「んー? 魔法で傷付かないような器があれば、内部で風魔法を起こせる魔道具を作って簡単に粉砕する装置ができるんじゃないかと」
「そういうところに魔道具を使おうとする発想がおかしいである」
農業生産力は大事だと思うんだが。
「『ウインドカッター』のような真空系の風魔法は、硬いものに傷をつけられないであろう?」
「だよね。じゃあ硬い器ならイケるってことか」
「まあ何にせよ、細かくしてくれるのはありがたいぜ」
「優先順位が高くはないけど、いずれ考えよう。大規模なやつが欲しいな」
農業も個人に頼ったやつじゃなくて、大規模なものの方が生産性が上がるはずだ。
ダイオネアで見た『スワップスクエア』みたいなのをドーラでもやりたい。
でもデカい平地が必要なんだよなあ。西域じゃ地形的にムリだし、移民開拓地は将来人口集中地になる。
どこかいい場所を見つけるまで当分ムリか。
「ユーちゃんは『アトラスの冒険者』じゃなくなったって、やることは変わらねえんだろう?」
「あれ、話が戻ったね。変わらないよ。あちこちに出かけてって、東でエンターテインメントを楽しみ、西でお肉を狩る生活だね」
現在の『アトラスの冒険者』がなくなっても新組織になるだけだ。
やることも人間関係もほぼ変化がない。
「泣きたくなるほどの心境ってのがわからねえ」
「今日の初っ端のことか。『アトラスの冒険者』にはすごく感謝してるんだよ。だからなくなっちゃうのは、何というかうまく言葉にできないけど……そーいやお腹減ったな」
「台無しである!」
アハハと笑い合う。
いいんだよ、こういうのはムードを楽しめ。
「まーあたしの生活は変わんないんだけどさ。バアルの生活は変わるんだよ」
「吾であるか?」
「ユーちゃん、どういうことだい?」
「来たる二二日にバアルを解放しまーす!」
「「えっ?」」
そこまで驚くようなことでもないけど。
「バアルを閉じ込めておく意味ももうほとんどないじゃん? だってさほど悪いことしないって誓ってるんだし、大悪魔たるバアルがウソ吐くとも思えない」
「吾を信用してくれるのは主らしいであるが」
「周りの目を気にしてただけなんだ。パラキアスさんにはバアルを解放するって伝えてあるの。特に反対もされなかったからいいかと思う」
「ふむ、なるほどである」
「どうするか考えておきなさい。解放するのは、ある条件と引き換えだぞ?」
「わかったである」
バアルも随分貢献してくれた。
ずっと閉じ込めておくのは可哀そうだしな。
『ぐう』
「よーし、終わり! ちょうど朝御飯だ!」




