第2381話:朝凪の海のように
「サイナスさん、こんばんはー」
『ああ、こんばんは』
夕食後、毎晩恒例のヴィル通信だ。
『今日はセンチメンタルナイトじゃないんだね?』
「外連味ってやつはね。あんまり毎日使うもんじゃないんだ」
『一流のエンターテイナーっぽいなあ』
「一流の美少女聖女なんだよ」
アハハ、自分で言ってて何だそれ? ってなった。
『ヴィルが持ってきてくれたこの絵が?』
「帝国本土北西部ブラウンシュヴァイクの冒険者ギルドのマスターの仮面さんだよ」
『ミステリアスな雰囲気だな。今までにいないタイプだ』
「そこんとこもイシュトバーンさんの謎絵詐欺なんだよなー。実体はちょっと短気な姉ちゃんなの」
イシュトバーンさんの絵には幻想が盛られているのだ。
おそらくはイシュトバーンさんの言うところによる心眼で。
『これもポスター生産は可なんだな?』
「うん。仮面さんのお父ちゃんは、娘の婿を貴族から取りたいっていう願望があるっぽいんだ」
『ほう? 有力者って言ってたか』
「港近くでは一番いい立地にデカい屋敷が建ってたね。ブラウンシュバイクの民間人では、一、二を争う有力者なんじゃないかな」
『じゃあ貴族の婿を迎えたいというのも?』
「ブラウンシュバイクを交易の面から発展させたいって考えがあるからだと思うけど」
他領の貴族と婚姻で結びつけば、当然交流だって増えるだろうしな。
しかし聖モール山越え街道が実際に機能してくると、ブラウンシュバイクは帝国本土北西部における台風の目になりそう。
領主のルイトポルトさんも忙しくなっちゃうかもしれない。
『で、ポスターと何の関係が?』
「ポスターを何枚か持ってってやれば、釣書きに添える絵として使うんじゃないかな」
『お節介だなあ』
「ラブい話が大好物なので」
アハハと笑い合う。
でも条件としてはいいと思うのだ。
仮面女子もまた自分で冒険者ギルド作ろうとするくらいやる気のある人。
他領の領主貴族との人脈は将来的な武器になるだろう。
気弱で貴族としてはどうなの? ってタイプの男性は仮面女子に合うと思う。
その辺はお父ちゃんがわかってそう。
『本日の面白話をどうぞ』
「今日はまず、聖火教礼拝堂に行って、ハイプリーストを一人魔境に連れていきました」
『いきなり魔境か。穏やかじゃないね。穏やかなユーラシアなんて想像できないが』
「あたしは朝凪の海のように穏やかだとゆーのに」
『信じられない』
「じゃあ夕凪の海のように穏やかに、と訂正する」
違うそうじゃないっていう空気が伝わってくるけど、あえて無視する。
「聖火教本部礼拝堂のとこの集落が人口増えてきたじゃん? あそこにも一人新『アトラスの冒険者』のメンバーが欲しいねってことで」
『その話か。ミスティ大祭司とも話はできてるんだろう?』
「もちろん。パラキアスさんも聖火教が孤立するとよくないって考えてるんだ」
『聖火教徒にも新『アトラスの冒険者』経由で情報を回すんだな?』
「情報も重要だね。でもそんだけじゃなくてさ。ドーラ人は聖火教徒のことを何とも思ってないけど、帝国人は違うじゃん? 帝国からの移民を含めて」
『ああ、話を聞く限り、波乱要因になり得るな。何故なんだ?』
「あたしもよくわかんないんだよね」
今度リモネスのおっちゃんに会った時にでも聞いてみようかな。
独自の見解があるかもしれない。
『何故かは置いといて、状況としてまことによろしくないじゃん。今後移民はどんどん増えるんだもん。聖火教を色眼鏡で見る連中が増えることになる。ドーラの安定のためによろしくない」
『ユーラシアにしては真っ当な意見だな』
「あたしの意見は常に真っ当だとゆーのに。ところがドーラには『アトラスの冒険者』っていう権威ある組織があって、構成員の中には聖火教徒もいるんだぞ、だと話は違ってくるでしょ?」
『ははあ。箔付けして批判を封じるのか』
「どの程度効果があるかはわからんけどね。新『アトラスの冒険者』が軌道に乗ったら、もう一人くらい聖火教からメンバー募ってもいい」
塔の村のメキスさんの配下に聖火教徒がいたはずだ。
あの人でもいいな。
「位置が絶好なんだよね」
『何の?』
「本部礼拝堂のあるとこ。あそこで大きな事業をやると、レイノスからもカラーズや移民開拓地からも人が来そうじゃん?」
『ユーラシアは商売の観点が好きだなあ』
「おゼゼの匂いがするんだよ」
そーゆーの考えるのは確かに好き。
「以前ミスティさんに、あそこを観光地にして人を呼び込めって言ったことがあるんだ」
『その心は?』
「地理的に抜群だから経済活動に励むといいよねって考えが、話した当時はあってさ。聖火教徒が偏見で見られるのを防ごうってのはおまけだったんだ。今になって思い返してみると、聖火教のオープン化、怪しくないから遊びにおいでってのはナイスな策だったと思えるね。さすがあたし」
『自分で言わなきゃいいのに』
「ちなみにその時の意見が一部実現されてるのが、今聖火教の集落で行われている朝市だよ。集落の人達も巡礼の人達も喜んでるんじゃないかな」
『君は聖火教徒に結構肩入れするよな。どうしてだ?』
「聖火教徒って一般的に慎ましくて大人しいじゃん? 他人事に思えないとゆーか」
『自分と正反対なものに惹かれるというやつか』
「ちがわい」
ヴィルが仲間になった日、間違って礼拝堂に入ってしまったことがある。
悪魔に当たりがキツい聖火教にも拘らず許してくれたし、その後ヴィルを皆さん可愛がってくれるしな。
所詮宗教なんてものは生き方の方便であって、絶対の指針じゃないってことがよくわかる。
恩を感じてるってわけじゃないが、懐の深い寛容さは好きなのだ。
「あと帝国から引退文官の方々を行政府に連れてった。話がまとまって、二日にいっぺん文官の講義してくれることになったんだ。オルムスさんがすげえ喜んでた」
『ハハッ、目に見えるようだな』
「オルムスさんの負担が大きいからねえ」
未経験から勤めて半年のアドルフくらいの働きで感謝されているのだ。
ちゃんとした教育を受けさせればもっと使える人材が誕生するはず。
「サイナスさん、おやすみなさい」
『ああ、御苦労だったね。おやすみ』
「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」
『はいだぬ!』
明日は塔の村に確認だな。




