第2369話:もったいないぬよ?
「もったいないですよ」
「もったいないって!」
「もったいないぬよ?」
「そお?」
イシュトバーンさんを送ってから皇宮にやって来た。
仮面女子の父ちゃんにもらった真珠を魔道研究所に持っていこうと思ったら、ルーネとサボリ君から集中砲火だ。
成分の分析をするためには壊さなきゃならないんじゃないかとゆーことで。
「ピンクの大粒の真珠なんて、私は見たことがないです」
「大変な貴重品に違いないよ」
「そお?」
「どうしてそう無関心なんですか!」
「と言われても、あたしは石自体には興味がないとゆーか」
大儲けとかぼろ儲けの方に興味があるとゆーか。
そもそも魔宝玉だってただの石だと思ってる。
もっとも魔宝玉は魔道の研究材料になるからそれなりに尊重するけど、ただの宝石はな?
奇麗なだけじゃね? って気がしてる。
「研究が進んで真珠を養殖生産できるようになれば、いくらでも手に入るよ」
「養殖生産できないかもしれないじゃないですか」
「成分を知りたいだけだったら、その真珠を売って研究費に充てりゃいいじゃないか。もっと安い真珠があるなら、研究用には安いのを使えばいい」
「それもそーだな」
あたしはピンク真珠の生み出すおゼゼ自体を無視してるわけじゃない。
となればピンク真珠の価値を知る方が先か。
「『ケーニッヒバウム』行こうか。売ったらどれくらいのお値段なのか気になってきた」
「行きましょう!」
「行くんだぬ!」
「ピット君に連日ルーネを会わせるのは癪だなあ」
「ああ、新聞で見たことがあるな。『ケーニッヒバウム』の店主の孫がルーネロッテ様に懸想していると」
「ピット君とルーネと相性はいいんだよね。もう一つルーネが乗り気になってないけど」
まあルーネは今年社交界デビューだし、新『アトラスの冒険者』になって世界が広がったばかりってこともある。
お父ちゃん閣下のガードが堅いとゆー条件もあるから、婚約話が出てくるのは数年先のような気がする。
いいか悪いかはさておき。
「『ケーニッヒバウム』の店主の孫って、リリー様との縁談があった少年だろう?」
「あったね。遠い昔のことのよーだ」
「五ヶ月しか経ってないぬよ?」
「リリーのお相手は、アーベントロート公爵家の次男で新男爵のヘルムート君でほぼ決まりだから」
「そうなのかい? 新聞の論調で『ケーニッヒバウム』のボンボンは、大変な浮気者みたいな書かれ方だったんだよ」
ヤバい。
あたしが煽ったからだ。
お詫びのためにルーネに会わせてやらなければ。
「あたしの見る限り、ピット君は今のところルーネのお相手の最有力候補なんだよね。もっともルーネは今年デビューじゃん? 出会いが多そうだから何とも言えないけど」
「ふうん。ドミティウス様が平民に嫁がせるなんてあるかな?」
「逆にルーネが帝都から出ていかないとゆーメリットがあるでしょ」
「ああ、なるほど」
ルーネを置いてけぼりで勝手な話をごめんよ。
『ケーニッヒバウム』へゴー。
◇
「こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
「ユーラシアさん、ルーネロッテ様、いらっしゃいませ」
『ケーニッヒバウム』の魔宝玉コーナーにやって来た。
狙い通りピット君がいる。
ルーネを連れてきてやったぞ感謝しろニヤニヤ。
「今日はどうされたんですか?」
「ルーネを連れてくることでピット君に貸しを押しつけようと思ってさ」
「えっ?」
「違った。つい本音の方が出ちゃったわ。こーゆーもんをブラウンシュヴァイクでもらってさ」
ピンクの真珠を見せる。
「もらったって……」
「魔道研究所で成分を調べてもらおうと思ったんだけど、壊されちゃうかもしれないから価値を確認しとこうってことになったんだ。売ったらいくらくらいになるものかな?」
「一〇〇万ゴールドってところですかね」
「えっ?」
想像してたより桁が二つくらい多いぞ?
仮面女子の父ちゃんったら、そんなに価値のあるものをポンとくれたのかよ。
どーなってんだ?
「『慟哭のマルガレーテ』より存在感あるなとは思ったんだ」
「ユーラシアさん、行方不明の『慟哭のマルガレーテ』を見たことがあるんですか?」
「あるけど詳細については内緒」
かつての帝国皇妃が大事にしていたという逸品だ。
フクちゃんにあげちゃったわ。
「売ったらもう一桁上でも買い手がつくかもしれませんよ。これほどのものをもらったってどういうことなんです?」
「いや、大したことしてないんだけど」
仮面女子の冒険者ギルドが新しい画集のモデルで、ウニの魔物が何たらかんたら。
「その他にも商売のアイデアを披露してましたよ」
「相当気に入られたんじゃないですか?」
「ええ? 困ったな。ブラウンシュヴァイクなんかあんまり行く用事があるわけでもないのに」
「ウニを食べに行きましょうよ」
「ナイスアイデアだね。きっと今が旬なんじゃないかな。暇見つけて行こーっと」
貸しを押しつけて思い通りに動かすのはあたしの得意技なのに、相手にやられてしまった気持ち悪さはある。
でも仮面女子の父ちゃんは悪いやつじゃないんで、善意として受け取っておこう。
あとでサービスしてやればいい。
「ところで『ケーニッヒバウム』でクズ真珠売ってない? 割れちゃったとか大きな傷がついちゃったとかで売り物にならないやつでいいんだけど」
「先ほどの成分を調べるという話ですか? ありますよ」
「ありがたいなー。その真珠を産んだのと同じ種類の貝の貝殻は?」
「こんな貝から真珠が出ることがありますという、展示用のがありますが」
何を考えてるんだ聞かせろって顔をピット君がしている。
商人っぽくていいね。
「今は真珠って、奇跡だ手に入ってラッキーみたいな考え方みたいじゃん?」
「その通りですね。同じ貝でも真珠が見つかるのは稀なことですから」
「養殖できないかって話なんだ」
「えっ?」
あーだこーだと説明。
「……ってことだよ。貝の作る成分と全然別物ならそりゃ奇跡で、あたし達の手の及ぶところじゃない。でも同じもんなら工夫次第で養殖できると思わない?」
「面白いですね。協力しましょう」
よーし、クズ真珠とその貝殻をゲット。
ピンク真珠と違う種類の貝だ。
「この話、進展あったら教えてくださいよ」
「わかってるって。うまくいったら販売ルートも必要だからね。じゃーねー」
「バイバイぬ!」




