第2367話:無口父ちゃんの依頼
「うまーい!」
仮面女子の家で昼御飯をいただいている。
海産物オンパレード状態だ。
嬉しいなあ。
「生で魚を食ったの初めてだぜ」
「イシュトバーンさんでもか。ドーラではほとんど魚を生で食べる人いないんだよ。船乗りくらいだと思う」
「……」
「食べるのに抵抗? ないない。人間の味覚は誰でも大体同じだと思ってるから。現地の人が美味いって言うものは美味い」
「白身の魚がいいぜ。微妙な味の違いが楽しめる」
「これは知ってる。アジだ。生のアジってこんなにおいしいんだな」
アジはダンテの電撃漁で獲れる魚だ。
フライにしてもおいしいが、うちでは焼いて食べることが多い。
今度生で食べてみよ。
この前ゼムリヤで買った本物のワサビがあるしな。
「辛い!」
「ルーネはワサビ初めてだったかな? 醤油と一緒にちょこっとつけるとアクセントになって美味いよ。あたしも初めての時、欲張ってえらい目に遭った。鼻が取れるかと思った」
「……」
「やっぱ本物のワサビか。辛味がマイルドで上品だもんな」
「本物? ワサビには偽物もあるんですか?」
「偽物とゆーか、ヤマワサビってのがあるんだ。ヤマワサビの方がずっと栽培は簡単らしいよ。でも風味は本物の方が上だな」
本物はヤマワサビより育てるのが難しいらしい。
でも美味いもんなあ。
いつかはドーラでも栽培したいもんだ。
「……」
「帝都じゃあんまり生の魚を食べないからじゃないかな。お隣の港のあるタムポートはよく食べるみたい。ヤマワサビは帝都でも手に入るらしいけど、本物のワサビはムリだって皇女ヴィクトリアさんが言ってた」
ワサビやヤマワサビは生魚じゃなくても合う料理多いと思うけどなあ。
魚に使うものという先入観があるのかしらん?
もっと広まっていい調味料だと思う。
「こっちの赤身のお魚いいね。一番好きかも」
「……」
「番長マグロ? あ、魔物なんだ?」
「……」
「あんまり獲れないのか。魔物だとそうかもなー。貴重なお魚をどうもありがとう。脂乗ってるところもそうでないところもすごくおいしいよ」
魚の魔物だと仕留めるの相当難しそう。
網を使えばそうでもないのか?
海の魔物はシーサーペントしか見たことないからよくわからん。
今後絡みがあるだろうか?
「……」
「折り入ってあたしに頼みがある? 何だろ?」
「……」
「魔物の出る島がある? 一匹だけ? 退治して欲しい? 放っといちゃダメなん?」
「……」
「危険か。まあわかる。どんなやつ?」
「……」
「とんでもなくデカいウニ? ウニって何だろ?」
「……」
「クリのイガみたいな格好の海生生物か。普通は海底に生息して、海藻とかを食べてるやつ? むーん?」
つまりトゲトゲの魔物ってことだな?
確かに近付いちゃ危ないかもしれんけど、敏捷性があると思えん。
近付かなきゃいいだけの話のような気もするが?
「……」
「それ早く言ってよ」
「どういうことですか? 私にも教えてくださいよ」
「ウニってすごくおいしいんだって」
基本的に草食の魔物は美味いもんだ。
海藻食べてるなら、当然美味いとゆーことを考えなければならなかった。
グルメハンターのあたしとしたことが、単純なことを見落とすとは。
「だから倒そうとチャレンジする人がいて、返り討ちに遭うからケガ人が絶えないんだそーな」
「おバカさんな理由ですね」
「でも気持ちはわかるわ。あたしだってチャレンジしたいもん」
「おいしい魔物とあっては捨て置けませんよね?」
「そーだ、ルーネの言う通りだ! グルメハンターユーラシアの餌食にしてくれる!」
「餌食にしてくれるぬ!」
こんだけ美味いお魚を食べつけてる人がすごくおいしいって言うくらいだ。
相当だぞじゅるり。
幸いうちの子達も連れてきてるし。
とっととやっつけて昼御飯の一品にしよう。
仮面女子のお父ちゃんが地図を出す。
「……」
「この島か。島というか岩礁だね。随分と近いんじゃない?」
「……」
「だから自分の実力もわきまえず魔物に挑むやつがいるのか。了解。ちなみに今までウニ倒そうとしてた人はどうやってたのかな? 船の上で戦おうとしてるの?」
「……」
「島に上陸してから戦闘か。陸から攻撃できるのは都合がいいな」
「上陸してからの方が都合がいいんですか?」
「一匹だけだとボス補正がある場合があるんだよね。そーするとあたしの『雑魚は往ね』が効かないから、倒し方を考えなきゃいけない。一旦撤退してから策を練り直すことになるんで、陸の方がやりやすいってこと」
食材だから倒し方にも工夫がいる。
例えば可食部が変質しちゃいそーな火魔法なんか厳禁だ。
『雑魚は往ね』が効くならば、傷つけずに倒せるからベスト。
しかし船に乗ってる時に追いかけられたりするのはぞっとしない。
最悪飛行魔法で逃げられるにしても、船がダメになっちゃいそーだしな。
イシュトバーンさんが言う。
「今から行くのか?」
「放っとけば放っとくほど、無謀なチャレンジャーがケガ人になっちゃうんでしょ? 早く倒した方がいいに決まってる」
「本音は?」
「ちょっとだけでいいから味見してみたくてたまらない」
アハハ。
昼御飯たくさん食べてお腹が一杯でなければ、たくさん味見してみたい。
「道案内してくれる人がよければ今から行ってくるけど」
「……」
「あ、お父ちゃんが案内してくれるのか。助かるな。じゃ、行こうか」
「……」
「いや、船は出さなくていいんだ。うちの子のクララは世界一の飛行魔法の使い手だから、上空からの景色を楽しみながらびゅーんと飛んでいこう。ビーコン置いてくよ。イシュトバーンさん見張っといてくれる?」
「おう。どれくらいで帰ってくるんだ?」
「どーだろ? 行ってただ倒すだけだもんな。帰りは転移だし、一〇分もかかんないと思うよ」
現地の状況や、『雑魚は往ね』が効くか効かないかにもよるけどな。
「ユーラシアさん。私も連れていってくださいよ」
「わかってるってばよ」
ウニの魔物の名前が出なかった。
だとするとレアな魔物の気がする。
なら経験値が高いかもしれないし、そうでなくてもルーネにとってはいい経験になるし、楽しいだろうな。
あたしだって楽しみだ。
未知のごちそーに頭が占拠されている。
「行ってくる!」
「行ってくるぬ!」
「フライ!」
クララの高速『フライ』で窓からびゅーん。




