第2346話:くだらない原因
せっかくお父ちゃん閣下がいるのだ。
近衛兵の待遇を向上させるチャンスじゃん。
「ここの近衛兵詰め所は大きく作り直すって聞いたよ。合ってる?」
「そうだな。門正面から見て反対側に建て替えると聞いている。厨房も待合所も大きくなる。また仮眠所が充実する」
「もう設計はできてるんだ?」
「ああ。そろそろ建築も始まるんじゃないか?」
「あれ、早いんだね」
となると設計変更はもう通らない。
ならば……。
「料理人が欲しいね」
「料理人?」
「身分の高い人も来るようになったから、皇宮受付を兼ねての構造になるんでしょ? 今までと同じように近衛兵がお茶淹れてたんじゃダメなんじゃないの? 来客を敬う意思を見せないと。何のために大金かけて詰め所新しくするんだかわかんなくなっちゃう」
「それもそうだな。ユーラシア君は随分細かいところまで気を回すんだね」
「あたしは聖女だから、各方面に慈悲を授けるんだとゆーのに。新しく料理人雇えって言ってるんじゃないんだ。皇宮の料理人を当番で毎日一人寄越してくれればいいの。おいしい食事を食べられるようになる近衛兵に士気も上がるよ」
「うむ、前向きに検討しよう」
ハハッ。
今まで近衛兵の食事はどうしてたんだか知らんけど、料理人がいる方が美味いものが食べられるだろ。
あたしが持ってくるお肉も、違う料理法で食べさせてくれるかもしれない。
炙り焼きがうまーいことはわかってるけど、同じところに立ち止まっていては進歩がないからな。
料理人がいるなら期待したい。
せっかく厨房が大きくなるというんだから、その方がいい。
「ところで閣下は何の用だったかな?」
「用というほどでもないが、ルーネクリームヒルトシシーが姉妹のようだとユーラシア君が言うから、見てみたくてね」
「おおう、そーだったか」
冗談めかして言ってるけど、半分本気みたいだな?
もちろんクリームヒルトさんが現在どうなのか、『繁栄』持ちシシーちゃんがどういう子かということを確認したいという気もあるんだろうけど。
近衛兵長さんが言う。
「む、いらっしゃったようですな」
門の外に馬車が止まる。
シシーちゃん降りられるかな?
迎えに行ったろ。
「いらっしゃーい」
「いらっしゃいぬ!」
「まあ、ユーラシアさん」
「ザビーネさんに会うって話だから、遊びに来ちゃった」
「ドミティウスお兄様もルーネロッテも?」
「叔母様、御機嫌よう」
「久しぶりだな、クリームヒルト。息災だったかい?」
「はい。恙なく過ごしております」
「シシーちゃん、ジャンプ!」
「じゃーんぷ!」
馬車から飛びついてきたシシーちゃんを抱っこする。
二歳児と思えん跳躍力だ。
レベルが高いだけあるなあ。
お父ちゃん閣下ビックリしてるがな。
「その子が?」
「シシーです。大人しい子だったのですが、いつの間にかじゃじゃ馬になってしまって」
「じゃじゃうま?」
「とってもいい子ってことだよ」
ニコッとするシシーちゃん。
かーわいいな。
お父ちゃん閣下も表情が崩れてるやんけ。
ルーネのちっちゃかった頃でも思い出したかな?
「閣下も抱っこさせてもらう?」
「クリームヒルト、いいかい?」
「もちろんですのよ」
「シシーちゃん、おじちゃんが抱っこしてくれるって」
「わあい、だっこ!」
シシーちゃんはさすがだ。
全然嫌がりゃしねえ。
お父ちゃん閣下のダールグリュン家に対する印象がかなりいい方向に傾いたぞ。
「ルーネロッテもこんな頃があった……」
「シシーちゃんは父なしっ子だぞ? 皇宮に来るたび抱っこさせてもらえばいいじゃん。シシーちゃんも喜ぶぞ」
「うむ」
メッチャいい雰囲気になったわ。
閣下ぎっくり腰になるんじゃねーかって思ったのは多分あたしだけ。
「お肉持ってきたから、お昼に食べようね」
「わあい、おにく!」
「ユーラシアさんの食べさせてくれるお肉はすごくおいしいって、たくさん食べますのよ」
「味がわかってるなあ。偉い偉い」
さて、ザビーネさんを待たせてもいけない。
ザビーネさんの部屋へゴー。
◇
「こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
「あらあら、いらっしゃいませ」
侍女より前に出迎えてくれる小柄で感じのいいおばちゃん。
これがザビーネさんか。
なるほど、クリームヒルトさんのお母ちゃんだなあ。
「お母様、お久しぶりです」
「元気そうでよかったわ。そちらが噂のお姫ちゃん?」
「シシーです」
「こんにちは、おばあさま」
「いい子ね。よくできました」
『お姫ちゃん』という二つ名をひゃい子に付けてもらったのを聞いてるらしい。
ルーネだな。
閣下にもそれくらいマメに報告すればいいのに。
「おかけになって下さいな」
「お邪魔しまーす」
「邪魔するぬ!」
「あなたがユーラシアさんね?」
「うん。ドーラの美少女聖女ユーラシアだよ」
「びしょうじょせいじょ」
シシーちゃんは的確にツッコんでくるなあ。
マジで将来性抜群。
何の将来性だって言われるともにょるけど。
「ドミティウス様が大変頼りにしていると聞きました」
「初耳だな。そーなん?」
「ユーラシア君の代わりは誰にも務まらないからな」
「ユーラシアさんはヴィクトリア様とカレンシー様の仲を取り持ってくださったでしょう? それから本当に皇宮の居心地がよくなって」
「えっ?」
クリームヒルトさんビックリ。
これは知らなかったみたいだな。
閣下は皇宮の居心地がよくなったのはセウェルスがいなくなったおかげだって顔してるけど。
「どういうことですの?」
「どうと言われても。あの二人どっちもいい人じゃん? 仲悪いとあたしも都合悪いから、両方から話聞いたんだよ。そしたら食べ物の恨みなんだよね」
「食べ物の恨み?」
「先妃様の贔屓にしてた料理人が作ったスイーツを、上皇妃様が全部食べちゃった。その後料理人が急死しちゃったから、ヴィクトリアさんは先妃様の愛した味を楽しむ機会をなくしたっていう恨み」
お父ちゃん閣下が呆れたように言う。
「あの二人の確執とは、そんなくだらない原因だったのか? 長年ずっとアンタッチャブルだったじゃないか」
「もちろん食べ物だけじゃないんだけどさ。世の中の諍いなんてものは、大体何でもくっだらないことが原因なんだぞ? わかり合うことは大事。争うのはその後で遅くない」
戦争でもそうだ。
争うことは損に繋がることが多い。
損は嫌い。




