第2340話:美味い魚には勝てない
「御主人!」
「よーし、ヴィルいい子!」
ブラウンシュヴァイクの冒険者ギルドに帰ってきた。
最近ルーネやクララも飛びついてくるんで、ヴィルだけだと物足りない気がする。
これが贅沢とゆーものか。
ギルドマスター仮面さんとイシュトバーンさんは、結構楽しい話してたっぽいな。
打ち解けている。
何だかんだでイシュトバーンさんは話し上手聞き上手だから。
「探索はいかがでした?」
「全員レベル二ずつ上がってるからまあまあかな」
「あんたにしちゃあ少ねえじゃねえか」
「経験値の稼げる魔物があんまり出なくて」
イシュトバーンさんが魔境連れてかねえのかって顔してる。
必要ないと思うんだよね。
トラ君と戦闘にならないならば、怖いのはオオカミの魔物の群れとコロッサルパンダくらい。
トラ君と仲良くしてるなら、オオカミは襲ってこないんじゃないか?
のんびりしたコロッサルパンダはこっちが構わなきゃ戦闘にならんだろうし。
「トラ君とは変なことさえしなきゃ今後も共闘できるからよろしくね」
「おい、何だトラと共闘って」
「イシュトバーンさんには言わなかったっけ?」
「ものわかりのいいトラがいるとしか聞いてねえ」
「そーだったか。聖モール山の守り神って言われてるトラの魔物がいるんだ。肉食魔獣なんだけど理性的で、こっちの話を聞いてくれるんだよね。で、人形系の魔物がいるところに案内してくれるの。あたし達は経験値と魔宝玉をゲットできて嬉しい。トラ君は自分じゃ倒せない人形系魔物の亡骸を食べることができてウィンウィン、ってことだよ」
「話の通じる理屈がサッパリわからねえんだ」
「トラ君のメリットとこっちのメリットが合致するだけだわ。これからもトラ君に遭ったら人形系の魔物のところに連れてってくれるはずだから、しっかり倒してね」
何で揃って不可解な顔をしているのだ。
ギルメン達は実際に体験してるだろーが。
あたしが不安になるわ。
「お昼御飯にしようよ。お肉狩ってきたぞー」
「魔物肉かよ」
「あれ、『格闘』君は魔物肉好みでない? この前のやつ不味かった?」
「この前いただいたお肉は食べられなかったんですよ」
「何で?」
「ダークマターに変成してしまいまして」
「メッチャ焦がしたって言いなよ」
何がダークマターだ。
消し炭と言え。
格好つけて。
「えーと、料理する人がいないってことかな?」
「はい」
「せっかくオーブンがあるんだから、焼いて食べようよ。あたしがやるから。鉄の串ある?」
「あります! お願いします!」
多分直火当てたから焦がしたんだろ。
釜の温度さえ上げときゃ直火じゃなくていいのに。
――――――――――二〇分後。
「焼けたぞー」
「焼けたぬ!」
「おいおい、大丈夫かよ。生焼けじゃねえだろうな?」
「鉄の串刺してりゃ中からも熱せられるから平気だとゆーのに」
注文がうるさいな。
「シンプルに塩だけでどーぞー。火傷しないようにね」
おっかなびっくりでやがんの。
心配しなくたって美味いってば。
「あっ、おいしい!」
「マジだ。うめえ!」
「魔物なのにイケる!」
「魔物か魔物じゃないかは美味さに関係ないわ。今狩ってきたばかりのお肉だぞ? いつ屠殺したかわからんよーなお肉とはわけが違うわ」
「クマも美味い!」
「そお? 若干臭みがあるから、クマは煮込み料理がベストだと思うけどな」
これはあれか。
今まで臭みのあるお肉しか食べたことないから、クマ肉でもおいしく食べられちゃうってことか。
バカ舌というか舌貧民だな?
今後は草食魔獣を狩るのが楽しみだろ。
お肉すらまともに炙れんようなやつらに解体できるのかは知らんけど。
「ところでいつ絵描くかとかの話は進んだ?」
「それがよ。ギルマスの親父さんが厳格な人らしいじゃねえか」
「お父ちゃんの許可がいるのか。仮面絵だったら誤魔化せることない?」
「オレの都合もあるんだぜ。半分顔から仮面を外したところを描きてえんだ」
なるほど、顔全部隠すよりミステリアス感が増していいかもしれない。
今までにない傾向の絵でもある。
さすがイシュトバーンさん。
仮面さんが言う。
「冒険者ギルドが成功して実績を示し始めているなら、胸を張ってモデルもやらせていただくのですが」
「なかなか形のいい胸と見たぜ。張ってくれた方が都合がいい」
「どんな都合だ」
しかし冒険者ギルドの実績となると、街道が活発に動き始めて依頼が頻繁に来るようにならないといかんな。
大体まだ武器を支給されてないんだからどーにもならん。
「おい、どうにかしろよ」
「あたしに振るのかよ。冒険者ギルドの実績なんて短期じゃムリじゃん。とんでもない魔物が出ちゃって見事退治しましたってパターンがなくもないよ? けどこんなどー見たって主人公補正のない連中にそんな事件が起きるわけないし、起きても解決できるはずがない」
「じゃあ親父さんの方説得しろよ。得意だろ? そういうの」
「ええ? 冒険者ギルドここにしかないじゃん。レベル上げが難しいんじゃ参入障壁高いぞ? ライバルは現れにくい。放っときゃ実績は上がるよ」
どーしてイシュトバーンさんはあたしに面倒なことをやらせたがるのだ。
大方早く絵を描きたいってことなんだろうけど、帝国でも田舎町はようやく前の画集が普及し始めたばかりだとゆーことがわかったのだ。
第二弾の出版は遅らせた方がいいくらいなのに。
「ギルマスの親父さん、地元漁業のお偉いさんなんだろ? 美味い魚食わせてもらえそうじゃねえか」
「あれ? もっともな意見だな。仮面さん、お父ちゃんに会わせてもらえる?」
コロッと意見が変わってしまう。
何故ならあたしも美味い魚と言われると断れないから。
イシュトバーンさんがしてやったりって顔してる。
「いつならよろしいんですの?」
「三日後どーだろ?」
「わかりましたわ」
「じゃ、三日後の朝に冒険者ギルドに来るよ。イシュトバーンさんどうする? 一緒に来る?」
「面白いイベントは見物させろよ。絵の道具も持ってくるぜ」
もうすぐ異世界が攻めてくるという大イベントがあるとゆーのに、こんなことしてていいのかって気もする。
気がするだけだ。
美味い魚には勝てない。
「ごちそーさま。イシュトバーンさん、ノア、帰ろうか。今日は失礼するね」
「バイバイぬ!」
転移の玉を起動して帰宅する。




