第2337話:ノアを連れて
――――――――――三四七日目。
フイィィーンシュパパパッ。
「おっはよー」
「おはようぬ!」
「精霊使いか。おはよう」
イシュトバーンさん家にやって来た。
この前髪で片目を隠している美少女番警備員ノアは無愛想だなあ。
結構なイケボなんだから、もうちょっと愛想よくすればいいのに。
「せっかく朝から可愛い子ちゃんに会えてるんだから、もっとニヤケ面を晒せばいいのに」
「晒せばいいぬ!」
「ココより可愛い子など存在しないからな」
「シスコンだなあ。ココちゃんの絵って、イシュトバーンさん描くって言わないの?」
「言わないな」
「おかしいな? ココちゃんは十分資格があるのに」
イシュトバーンさんはいい女の基準が厳しい。
しかしココちゃんは可愛い上に、金髪ブタ男爵の餌食になりかけて帝都を逃げ出してきた逸話持ち。
かつ凶悪な固有能力持ちの兄が命を懸けて守ろうとしたくらいの対象だ。
絶対にイシュトバーンさんはいい女と見ているはずなのだが?
あ、イシュトバーンさん飛んできた。
「おう、来たか」
「おっはよー」
「おはようぬ!」
「ねえ、イシュトバーンさんは何でココちゃんの絵を描かないの?」
「誰かのもんだと面白くねえんだ」
「ココちゃんって誰かの嫁なんだっけ?」
「嫁じゃねえが、ノアのもんだろ」
あ、ノアの独占欲が強過ぎるってことか。
イシュトバーンさんらしい、なるほどの理屈だった。
ココちゃんの方もノアに頼ってるのかな?
「由々しき事態です。ココちゃんが幸せな結婚をする未来が見えません」
「嫁になんか行かなくていい! 十分俺が大事にする!」
「おいこら。あんたがそんなこと言ってるから」
「まあまだうちの屋敷に来て半年も経ってねえじゃねえか」
「まあねえ」
ノアもココちゃんも結構な事件に巻き込まれた人だ。
ゆっくり心の傷を癒せっていう、イシュトバーンさんの配慮かな。
あたしは何事も急ぎ過ぎの傾向があるかもしれない。
とはいえ……。
「ノアもココちゃんも今の世界が狭い気がする」
「言えてるな。特に男のノアは多くの経験をしとくべきだぜ」
「経験と言っても……」
汚れ仕事関係の修羅場は潜ってそうだけど、経験不足から言いなりだったんじゃないかって気がする。
偽装船襲撃事件後の聞き取りからすると。
いいことじゃないから……。
「今からイシュトバーンさんとギルド行くんだ。ノアも来ない?」
「えっ?」
「ノアを新『アトラスの冒険者』にしようっていうのか?」
「そこまでは考えてないけど、ノアは戦闘に関してはプロみたいなもんじゃん? ちょっとレベルを盛ってやれば資格はあるね」
もう帝国の手がドーラにまで伸びて、ノアやココちゃんが連れ戻されることはない。
イシュトバーンさんの家に閉じこもってなくてもいいんじゃないかな。
「よし、ノアついて来い」
「じゃ、一度あたしん家に戻るよ」
転移の玉を起動して帰宅する。
◇
フイィィーンシュパパパッ。
「やあ、チャーミングなユーラシアさん。いらっしゃい。イシュトバーンさんも御一緒ですね」
「おはよー、ポロックさん。今日イシュトバーンさんが新『アトラスの冒険者』に出資してくれるの」
「転移の玉を手に入れるのが待ち遠しくて仕方なかったんだぜ」
「不思議だな。どーしてイシュトバーンさんが言うとえっちに聞こえるんだろ?」
「人徳だぜ」
「人徳だったかー」
アハハと笑い合う。
人徳って何かって?
細けえことはいーんだよ。
「で、そちらが?」
「ノアだよ。プリンスルキウスがまだ在ドーラ大使だった時、洋上で襲ってきて暗殺未遂事件起こしたやつ」
「えっ?」
「今は改心して、イシュトバーンさん家で警備員やってるんだ。そーだ、ポロックさん。フルステータスパネル起動してくれる?」
「わかりました」
机くらいの大きさで青っぽいパネルが低い音を立てて起動する。
文字がたくさん浮かんできた。
「これはね、その人のステータスを感知して表示するものなんだ。ノア、掌を当ててみ?」
「こうか?」
「レベル一一。ほう、『ララバイ』の固有能力持ちか。眠らせるやつだね」
「ノアの『ララバイ』は結構ヤバいんだ。かなり強く発現してるの。うちの子達レベルカンストしてるのに、全員眠らされちゃったことあるんだよ」
「それはすごい。新『アトラスの冒険者』に加入してくれるということですか?」
「いずれそーなるかも。ノアの考え方次第だね」
まあノアが新『アトラスの冒険者』のメンバーである必要性はあんまりない。
イシュトバーンさんがギルド来る時のお供に、くらいだもんな。
イシュトバーンさんの方がレベル高いし。
ノアがやってみたいと思えばどーぞだけど。
それよりも……。
「聖火教徒の本部礼拝堂があるところの集落あるじゃん?」
「ええ」
「あそこの集落にも移民が入ってきていて、今は結構な規模なんだよ。聖火教徒に一人、新『アトラスの冒険者』が欲しいの」
「ああ、ユーラシアさんがそういう考えを持っているということは、新聞で読みましたよ」
「ドーラは政府の力が弱いから、情報伝達くらい新『アトラスの冒険者』で補ってやりたいじゃん? 大祭司のミスティさんにはチラッと話してあるんだ。いずれ聖火教の聖騎士かハイプリーストを一人、新『アトラスの冒険者』で受け入れる形になると思う」
「了解です」
新『アトラスの冒険者』は今までの『アトラスの冒険者』と性格が違う。
ドーラ経済圏を治安維持や情報伝達の意味でもカバーする組織になるのだ。
聖火教からはワッフーが新『アトラスの冒険者』になるんじゃないかな。
ミスティさんの側近だし、あたしにも近い。
情報収集係としては適任だろ。
「えーとそれから、フルステータスパネルは現『アトラスの冒険者』廃止後にくれるって。揉めたらしいけど」
「おい、何で揉めるんだ?」
「向こうの世界の神様、こっちに進んだ技術のものを残しておきたくないらしいんだよね。でも亜空間超越移動もきっちりかっきり今月末までだから、回収できないってことになった」
「では今月の売り上げの方も?」
「今月分の売り上げは損害賠償及び慰謝料に充当するって。あれ、チュートリアルルームから連絡来てない?」
バエちゃんお肉にかまけて、連絡忘れてたな?
まあどうせもらっちゃうからいいけれども。
さて、ギルド内部へ。




