第2324話:ジェロンさんと情報交換
ジェロンさんが続ける。
「最低限の報告書は来るんだが、帝都の生の情報が得られん。どうなっている?」
「えーと、植民地行政関係では、あたしよりジェロンさんの持ってる情報の方がよっぽど多いと思うけど」
「いや、植民地のことは関係なくてね。現在帝都で何が起きているか、あるいは空気感が知りたい。報告書の文章の羅列では、ダイナミズムが感じられんのだ」
「あれ、ちょっとあたしの思ってることと違ったわ」
ジェロンさんは職務うんぬんじゃなくて、単に帝都の情報が欲しいのか。
総督稼業は暇なのかな?
「具体的には、皇帝選からこっちの話が何も伝わってこないんだ」
「うんうん、大体了解」
ジェロンさんは皇帝選の最中、候補者も出揃ってない内に投票してラグランド総督に就任だったもんな。
つまり帝都の様子というか、皇帝の姿勢とか施政館の様子が知りたいんだな?
ドミティウス閣下についてはともかく、プリンスルキウス陛下についてはあまりマークしてなかった可能性もある。
「一言でゆーと、施政館には何の問題もない。とってもいい雰囲気。新帝プリンスルキウス体制になっても、大臣とかほぼ留任だし」
「植民地大臣がトビアス殿になっただけだな。それで?」
「執政官室が皇帝執務室っていう名前に変わってさ。プリンス陛下とドミティウス閣下と広報担当官のアデラちゃんが机並べてお仕事してる」
「ほう?」
こんなことで食いつきがいいな?
ははあ、皇帝選を争ったプリンスとお父ちゃん閣下の仲がどうかってことを知りたいらしい。
「プリンス陛下はそこそこだな。市民権と山賊の問題をはじめやりたいことはたくさんあるんだろうけど、予算との兼ね合いがあるじゃん? やっぱ一番大きい案件かなってのが通貨単位統一事業で、これに関してはあたしが閣下とあちこち飛び回ってる」
「らしいな。大活躍じゃないか」
「あたしと閣下がいいと思ったら、ある程度のことは即決してオーケーってことになってるの。外務大臣ニコラウスさんの影が当分薄くなりそう。髪があれ以上薄くならないといいなと思う」
アハハと笑い合う。
ニコラウスさんは半端ハゲなのだ。
「ドミティウス様が通貨単位統一委員会の副委員長を務められるのだろう?」
「そうそう。事実上のトップ」
「ふむ……して、ドミティウス様のお加減は?」
聞きたいのはこれなんだろう。
要するに皇帝選に負けたあとのお父ちゃん閣下のメンタルはどうかということ。
新帝プリンスによく服していることまでは伝わっているだろうから。
「基本的に機嫌はひっじょーによろしいね」
「そうなのか? どうして?」
「あちこち行く時、大体ルーネも連れていってるの。だから」
「ああ、ドミティウス様は子煩悩だからな」
「ルーネはちょっと嫌がってるみたいだけどなー」
あちこち行くこと自体はルーネも大好きだけど。
「通貨単位統一委員会の本部はドーラに置かれるんだ。お父ちゃん閣下は帝国とドーラを行き来することになるけど、送り迎えはルーネのお仕事にしたの。それ用の転移の玉を持たせてある」
「うん。ユーラシア嬢がドミティウス様に気を配ってくれているということがよくわかった。これなら心配は無用だな」
「こっちは任せといてよ。お父ちゃん閣下が持てる力を存分に発揮してくれないと、あたしもどえらい迷惑なんだ」
しかしジェロンさんの姿勢で思ったことがある。
「帝国本土から遠く離れてる植民地総督や駐留大使は、ジェロンさんみたいにプリンスルキウス陛下とお父ちゃん閣下の間を心配している人が多いのかな?」
タルガ総督のサエラックさんはそんな感じでもなかった。
一方で在ドーラ大使ホルガーさんは、閣下の変わりように戸惑ってたようにも見えたが?
首を振るジェロンさん。
「いや、大使や植民地総督で、施政館と近い者はそう多くない。つまらないことを気にしているのは、元大臣の私くらいのものだろう」
「つまんなくはないと思うけど」
施政館でゴタゴタでも起きれば、外国からの干渉も多くなりそうだからな?
むしろ無関心であっちゃいけないんだろうに。
施政館のことまでは、現場の大使や植民地総督の職責じゃないということなのだろうか?
「ジェロンさんに聞きたいことがあったんだった」
「何だろう? 可能な限りユーラシア嬢の力にはなりたいが」
「嬉しいこと言ってくれるなあ。弧海州植民地ってどんな様子なのかな?」
「弧海州? これはまた遥か彼方だな。ユーラシア嬢には全く関係ないと思うが、理由を聞いても?」
「ウルリヒ公爵が港町キールを帝国政府に返上して、代わりに北のどこの国にも所属していない地域を自領に繰り入れるってことやってるの」
「うむ、報告書にも記載のあった事項だな。公爵の立場からするとかなり思い切った施策で驚いた」
「もうキールの引渡しは終わって、昨日未所属領域の一回目の魔物狩りしてきたんだ。あたしもお手伝いして、結構な面積がカルテンブルンナー公爵家領に編入された」
「ほう、既にか?」
「まー昨日は何とかそこまで領地にしないと、キールが直轄領になった分の領兵がクビになっちゃうから必死だったってことがあるんだけどさ。領地が増えたらそこを耕す人が欲しいと思っちゃうわけで」
「……なるほど、公爵は人の余っている弧海州からの移民を考えているわけだな?」
「そゆこと。明日弧海州植民地行ってくるけど、注意すべきことあるかなと思って」
頷くジェロンさん。
「弧海州植民地は、島嶼部と半島部と二つの行政区域に分かれていることは知っているかな?」
「地図見てわかるくらいのことは」
「島嶼部の経営は比較的安定しているんだ。問題は半島部」
「帝国弧海州植民地は税金安いから、周辺各国から貧民が集まっちゃってどうにもならんって聞いた。半島部は地続きだからか」
「帝国は大国だから何らかの手を打つんじゃないかって憶測が流れたことがあってな。それで人が押し寄せたという側面もある」
「ははあ?」
じゃあ移民向きの比較的やる気のある人がいるかもしれないな。
行くなら島嶼部じゃなくて半島部か。
参考になるなあ。
「わかった、ありがとう」
「いやいや、これくらいのことならいつでも」
「ジェロンさん、じゃーねー」
「バイバイぬ!」
転移の玉を起動して帰宅する。




