第2293話:朝からヴィル
――――――――――三四二日目。
「御主人、御主人、起きてくださいぬ!」
「む? うーん……」
「七時三分だぬよ?」
「……ヴィルか。ぎゅー」
「ふおおおおおおおおお?」
大声でバッチリ目が覚めた。
今日は何故かクララじゃなくてヴィルが起こしに来た。
いい子だね、よしよし。
「今日は七時三分まで待ってたんだぬ」
「あたしが七時三分に起きるルーティーンを、ヴィルも覚えていたか。やるね」
「えへへだぬ!」
七時でなくて七時三分の拘り。
三分の余韻があたしの心を豊かにし、聖女の慈悲を生むのだ。
何だその三分はって?
こーゆーのは言ったもん勝ちなんだってば。
「ヴィルに起こされるのは久しぶりだね。事件かな?」
前回は確か先帝陛下がお亡くなりになった日だった。
ただ特にヴィルに動揺や気の高ぶりは見られない。
何があったかな?
「事件ではないぬ。連絡がいくつかあるだぬ」
「連絡? 何だろ?」
「まずはウルリヒからだぬ。昨日港町キールの引き渡しが完了したぬ。だから公爵領北の魔物狩りを進めたいそうだぬ」
「おおう、なるほど」
キールを帝国直轄領にする代わりに、カルテンブルンナー公爵家領の北の未所属地域を編入するという話か。
あそこ草食魔獣が多いんだよな。
魔物狩りのあとはメッチャ楽しい焼き肉パーティーになりそう。
ぜひ参加せねば。
「ついては御主人と相談したいということだったぬよ?」
「わかった。キールの引き渡しが完了したことについてはまだ、帝国政府まで連絡届いてないよね?」
「数日かかると思うぬ」
「じゃ、施政館行くのが先だな」
了承を得てないのに、ウルリヒさんが勝手に国境外で魔物狩りさせるのもよろしくないだろ。
施政館にきちんと連絡入れとこう。
今日午前中はシンカン帝国でウタマロニヤニヤイベントだけど、どれくらい時間かかるかわからんな?
午後に施政館行ければベストか。
「ウルリヒは弧海州の視察をしたいとも言っていたぬよ?」
「うんうん。あたしも行きたいな」
ウルリヒさんが弧海州に行くことに関しては、既に施政館の了解を取ってある。
いつ行っても構わんな。
どうせなら帝国の弧海州植民地がいいかな?
施政館へ行くなら、これももう一度確認と。
「弧海州の視察についても、ウルリヒさんと話してからだな。今日の午後か明日連絡取ろう」
「はいだぬ。次にイシュトバーンからの話だぬ」
「イシュトバーンさんか。ちょっと心配だったんだ」
一昨日クリームヒルトさんの絵を描かせてもらったのに、昨日それが完成してこなかった。
大分歩かせちゃったからな。
疲れて具合が悪くなってはしまいか。
「身体は全然大丈夫ぬよ? よく寝られたぜって言ってたぬ」
「そーか。よく寝られることは勝利の証。一安心だな」
「何に勝つんだぬか?」
「常に未来に向かって生きるあたしは、明日のあたしに勝ちたいね」
「明日サボれば今日は勝てるだぬよ?」
「あれ? 本当だ。ヴィル賢いな」
今日サボれば昨日のあたしは勝っていたことになるのか。
ニートの理屈に近くないか?
何となく格好いいこと言ったはずなのに、ミステリーな結論になった。
「絵は今日完成すると言っていたぬ。あとで取りに行くぬよ」
「お願いしまーす。あれ? じゃあ何で今回は絵の完成が遅れてるのかな? ヴィル理由知ってる?」
右手の疼きがなくなってしまう病気かな?
いや、それは病気じゃないわ。
疼いてる方が病気だわ。
「昨日は用があったらしいぬ」
「用があったのか。珍しいな」
「それで御主人と話がしたいとのことだぬ」
「ふーん?」
何だろう?
考えてみりゃイシュトバーンさんは昔精力的に動いていた大商人ってことは知ってるけど、それ以外のことは何も知らないな。
足を悪くして引退した後は、全然用なんかなくて暇してたはずだし。
事前じゃなくて事後にあたしと話したいってのもよくわからない。
「明日の夜、飯食いに来いと言っていたぬ」
「わかった、明日行く。絵も明日もらうよって、時間のある時に伝えといてくれる?」
「はいだぬ!」
何の話があるかわからんけど、たわわ姫やガルちゃんがいてもべつに構わんだろ。
「次にオズワルドからだぬ」
「あれ、意外なところから来たな。何の用だろ?」
ダールグリュン家の当主である口ヒゲダンディズム。
クリームヒルトさんの義父でもある。
問題が発生したか?
ダールグリュン家で何か起きると拗れそうだから、早めに解決しないといけないな。
ヤバそーなところを巡回してくれてるヴィルは偉いな。
「大したことじゃないぬ。シシーの存在をマルクスとガイウスの双子に知らせたいということだったぬ」
「おおう、そーいえば双子皇子はシシーちゃんのこと知らないはずだな」
クリームヒルトさんは双子皇子の同腹の妹さんだ。
シシーちゃんのことは当然秘密だったから、双子皇子にも教えてあげたいだろう。
新聞で事実を知った帝都民と違って、地方には情報伝達も遅れるから。
「クリームヒルトが自慢したいみたいだぬ」
「えっ? 何を?」
「シシーを生んで立派に育てていることをだぬ」
「あー、ちょっとわかるな。今まで誰にも言えなかったんだもんな。あれ? これを双子皇子に伝えてやると、どっちの子が先に生まれるかで競争しそうだな。実に面白い」
クリームヒルトさんも同じこと考えてそう。
クリームヒルトさんがお茶目って評されるのは、こういうところなのかもしれない。
「双子皇子は奥さんの実家の領に行ってるんだったか。双子皇子のところまでダールグリュン家の状況が伝わる以前に、じゃーんシシーちゃん登場ってビックリさせた方が、絶対に面白くなるな。よし、近日中にクリームヒルトさんとシシーちゃん連れて、双子皇子のところ行くことにしよう」
「そう伝えておくぬ!」
「お願いするね。とゆーか明日夜までは時間あるから、明日でもいいな」
どうせクリームヒルトさんは時間あるだろ。
明日イベントが入って面白くなったぞ。
「まだ他に連絡あるかな?」
「もうないぬ。お終いだぬ」
「ユー様、朝御飯ですよ」
「うん、ありがとう。すぐ行く」
クララとヴィルをぎゅっとする。
うちの子達は皆ちゃんと役に立ってくれているのだ。
本当にありがたい。
うちの子達のためにも、今日も一日頑張ろうと美少女聖女は心に誓うのであった、なんちゃって。




