第2290話:エルを安心させる
「おーい、じっちゃーん!」
塔の村にやって来た。
レイカは探索、リリーは昼寝だそーな。
エルのパーティー及びルーネと、光り輝く頭部を持つデス爺のところへ行く。
「何じゃ、騒々しい」
「転移石碑のチェックしてもらいに来た。あーんどお酒お土産」
「ほう、いつもすまぬの」
「これツノオカ騎士団領っていう、テテュス内海の国っていうか共同体産のお酒なんだ。他所とあんまり付き合いがないから、外に出ないお酒ではあるよ。珍しいっちゃ珍しい」
「ふむ、問題があるのか?」
「地元の人はおいしい酒だって言ってるんだけど、何せ他所と交流がないじゃん? 他国人が美味いと思うのかはわかんないとゆーか」
むしろデス爺にチェックしてもらって感想を聞きたい。
デス爺のお墨付きがあれば、他国でも評判いいぞって教えてあげられる。
「じゃ、チェックお願いしまーす。チェックってお酒じゃなくて転移石碑の方ね」
「うむ、わかっておる」
油断してるとお酒のチェック始めそうだったからな。
デス爺に転移石碑を見てもらってる間にっと。
内緒話モード発動。
「エル、どーした?」
「どうもこうも」
「しょぼくれてるじゃないか。もっとシャキッとしてなよ」
昨日アレク達も言ってたことだが、エルがピリピリしている。
もうじき異世界の住人がエルを取り戻しに来るだろうから、わからんではないのだが。
事情を知らないルーネが聞いてくる。
「どういうことなんですか?」
「エルは異世界の住人なんだ」
「えっ?」
「事実だ。向こうの連中がボクを連れ戻そうとしているらしい」
「具体的にはエルの母ちゃんが遠征軍の指揮を執って、今月中に行動を起こすはず」
「大変ではないですか!」
大変なんだよ。
そしてルーネは何故嬉しそうなのだ?
まったくルーネのトラブル好きは誰に似たんだか。
「エルさんの意向としては、どうしたいんですか?」
「ボクはずっとこちらの世界にいたいんだ。ずっと冒険者を続けていたい」
「エルもデス爺が転移術でムリヤリこっちの世界に連れてきちゃったんだけどさ。冒険者生活を始めてみればあら不思議。とっても楽しいことに気付いてしまったのでした」
「わかります!」
アハハ、エルも苦笑しとるわ。
今みたいに笑ってろ。
「エルは向こうの世界を一〇〇年ちょっと前くらいまで支配していた、王族の子孫なんだ。エルがこっちの世界に来た頃は、エル自身も含めてその事実をほとんど誰も知らなかった。でも今は向こうでもバレちゃってるんだな。問題になってるの」
「一〇〇年も昔のことが今も関係しているのですか?」
「何か向こうの世界は、どういう国にしようぜっていう方針を国民皆で決めるみたいなんだ。今は身分差のない機会の平等を謳った政権だけど、昔の王様が治める世界がいいって人も結構な数いるらしくてさ。そんなところへ旧王族で美少女でかつ高レベルのエルが帰ったら絶対揉めちゃう」
「じゃあエルさんはこっちの世界にいた方がいいじゃないですか」
「ぶっちゃけルーネの言う通りなんだよ。でも旧王族派の人にしてみりゃエルに帰ってきて欲しいだろうし、エルの母ちゃんは別の思惑があるのかもしれない。結局エルを連れ戻して、面白半分で盛り上がりたいバカが多いだけのような気もする」
要するに『アガルタ』の神様が、こっちの世界に恩恵を施しちゃうかもしれないエルを連れ戻すことに拘ってるのだ。
視野の狭いやつめ。
逆境に強いというエルの固有能力『運命の申し子』が絶妙に働くとマジでヤバくなる。
『アガルタ』が混乱すりゃ、自分の成績が悪くなるかもしれないとゆーことがわからんのか。
だからエルのことは、ユーラシアと『ユーラシア』に任せときゃいいのだ。
「とゆーわけでエルはこっちの世界で確保して、向こうの世界には諦めてもらおうと思うんだ。現行の『アトラスの冒険者』が廃止されると、向こうの世界は亜空間超越移動をしなくなるんだそーな。だから今月一杯エルを守りきれば勝ち」
「エルさんを隠してしまうわけにはいきませんか?」
「難しい。向こうの世界の技術でヴィル並みにあちこち転移できることはわかってるの。もうエルが塔の村にいることはバレてる。例えばエルがどこかに行っても追える魔道具を持ってたら、こっちの打つ手が遅れる」
「じゃあどうすれば……」
そこが本日のテーマなんだが。
「とにかくエルには平静にしててもらいたいんだよ。黙ってりゃエルの隙を突いてタッチ、転移で連れ帰るみたいな単純で強引な作戦でくると思うんだ。簡単で成功率高いって考えるだろうし。でもこっちが向こうの侵攻に気付いてて待ち構えてることが知られると、隠密作戦に切り替えられちゃう可能性が高い。そーなると向こうの世界の技術は進んでるから、何してくるかサッパリ」
「さっきアレクにも似たことを言われたんだ」
「でしょ? だからニコニコして何も気付いてないふりして、のらりくらり躱しなよ」
「でも向こうの世界の遠征軍が一度失敗して諦めるわけではないのでは? 何度か来ることも、タイムリミットを延長することも考えられます」
気付いたか。
ルーネは賢いな。
仕方ない。
エルをある程度安心させとかないといけないし。
「これは切り札だから、誰にも言っちゃダメだぞ? 実はあたしは向こうの世界に繋がる、『アトラスの冒険者』の管理者用の転送魔法陣を持っているんだ」
「「えっ?」」
「ただこれは一度しか使えないと思う。向こうだってバカじゃないから、一度使えば警戒するに決まってる。一番いいのは、向こうがこっちに攻めてきたタイミングであたしが向こうに逆侵攻して、引っ掻き回してやること。やるやつはやられる運命にあるのだーって吹いて暴れてやれば、二度とこっちの世界にちょっかい出そうなんて考えないんじゃないかな」
エルとルーネの目が期待に満ちている。
ハッハッハッ、カリスマ性が溢れてしまうよ。
「あたしはあたしで、向こうの世界がいつこっちに攻めてくるか探り入れてるんだ。裏かかれるとマジで何もできなくなるから、向こうの世界の間者に絶対に悟られないで」
「わかった」
エルもいい顔になった。
内緒話モード解除。
「ユーラシア、全て問題ないぞ」
「じっちゃんありがとう。じゃあルーネ、パワーカード屋行こうか」
「はい!」




