第2281話:さすがのあたしも危機意識が働く
「あれはなあに?」
「帝都の平和を守る騎士さんだよ。あっ?」
イシュトバーンさんとルーネヴィル、オズワルドさんとシシーちゃんとともに、帝都裏町の名付け屋ひゃい子のところへ行く途中だ。
新聞記者トリオはネタを十分仕入れたらしく、先ほど別れた。
シシーちゃんはあたしが肩車し、ヴィルはルーネに任せている。
「メリッサじゃん。こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
「あっ、ユーラシアか」
思わぬところでドジっ娘女騎士に会った。
今日はシシーちゃん連れてるから、トラブルに巻き込まれたりしたら嫌だなー。
このドジっ娘は呼吸するくらい自然にトラブルを招き寄せる気がする。
要注意だ。
「メリッサは見回りのお仕事中だよね」
「ああ」
この前絵を描かせてもらったのと同じ騎士の制服姿だが、今日は髪を下ろしていないので隙がないように見える。
見えるだけなので油断してはいけない。
いや、騎士だけに身のこなしに隙は少ないんだけど、ポカリポカリと何かが抜けているのだ。
交わるな危険。
「そちらは?」
「ダールグリュン家当主のオズワルドさんと、そのお孫さんのシシーちゃんだよ」
「これはお初にお目にかかります。騎士メリッサと申します」
「御丁寧にどうも。オズワルドです」
うんうん、意外とそつがない。
首をかしげるドジっ娘女騎士。
「職務柄上流階級のお宅のことは頭に入れるようにしているのだが、オズワルド様のお孫さんというのは記憶にないな」
「クリームヒルトさんと三年前に亡くなったラインハルトさんの間の子だよ」
「ええっ? 知らなかった」
「あたしも画集帝国版のモデルをクリームヒルトさんに頼みに行くことになったから知ったんだけどさ」
いい機会だ。
チラッと情報流しとけ。
「クリームヒルトさん、嫁入り後すぐに旦那が亡くなったじゃん? 服喪期間を長く取ってたみたいなんだ。出産育児のバタバタもあって、シシーちゃんのことはほとんど他所には知られてなかったんだよ。その辺の経緯が明日の新聞に乗るからチェックしとくといい」
「わかった。ありがとう」
ちょっと誤魔化したった。
これで騎士の間にも自然とダールグリュン家とシシーちゃんのことが伝わるだろ。
「ユーラシア達は今からどこへ行くんだ?」
「ちょっと裏町へ遊びに行くんだよ」
「裏町? ついて行こうか?」
「あたしがいるから平気だとゆーのに。むしろ騎士様がついてきたら何事かと思われるわ」
「そ、そうだな」
裏町は治安がよろしくないから、ドジっ娘は気を利かせてくれたんだろう。
しかし残念ながら今日はあたしもトラブルに巻き込まれたくないから却下なのだ。
「じゃーねー」
「ああ、またな」
「バイバイぬ!」
再び歩き出す。シシーちゃんは騎士姿が気に入ったようだ。
「かっこいい」
「見かけはそーだね。でも今のお姉ちゃんはカッコ悪いところもたくさんあるんだ」
「そうなの?」
「そうそう。今のお姉ちゃんはいずれまた会うかもしれないな。その時はカッコ悪いところも見せてもらおうね」
「うん!」
ハハッ、シシーちゃんは素直で可愛いこと。
「おい、あんたメリッサの姉ちゃんを露骨に避けてたろ」
「そりゃそーだ。今日はオズワルドさんやシシーちゃんも一緒だぞ? おかしな事件に巻き込まれたらどうしてくれる」
「巻き込まれるといけないからメリッサさんも一緒に行く、のではないんですね?」
「この前のうっかり元公爵との絡みを見ちゃうと、さすがのあたしも危機意識が働くね」
あれはうっかりさんとの相乗効果が生み出した奇跡のトラブルコラボだった気もする。
オズワルドさんはわかってなさそうな顔をしてるけど、世の中トラブルメーカーという人種がいるのです。
あたしは違うとゆーのに。
シシーちゃんは楽しそう。
「はじめてなのです。おでかけするの」
「そうだったかー」
泣ける。
誰かに見られることを警戒していると、家の中だけになっちゃうわな。
でも今後は精神的成長のためにも多くの人に会わせた方がいい。
皇宮とかに遊びに行きゃいいんじゃないかな?
幸いシシーちゃんは全く人見知りしないみたいだし。
「これからはたくさん外にお出かけできるからね。でも危ないから、誰かと一緒じゃないとダメだぞ?」
「うん!」
可愛いのう。
裏町に入るやいなや人相の悪い男達に取り囲まれる。
逆立てた髪の毛が特徴的な裏町の顔役チャカの一党だ。
こんにちはーって言いかけたところで……。
「ひっ!」
「うわああああん!」
「あっ、こらシシーちゃんが泣いちゃったじゃないか。どうしてくれる!」
「姐さん、すまねえ!」
「いいや、許さん。あんたとあんたとあんた、身体を貸しなさい」
三人を空中に放り投げて必殺人間お手玉!
「うわああああああ!」
「どおおおおおおお!」
「ひやああああああ!」
「ほーら、シシーちゃん。お手玉だよー」
「あはははは!」
あーよかった。
シシーちゃんの機嫌が直った。
危うく外出することに対してトラウマを植えつけてしまうところだった。
あれ、オズワルドさんが固まってるのは何でかな?
ただのあたしの芸ですよ。
身分証明にも使ってるけど。
三人を降ろす。
「御苦労様でした。お肉持ってきたから皆で食べてね」
「いつもすいやせん。姐さんの持ってきてくれる肉は美味いって評判なんですぜ」
「そんじょそこらのお肉とは鮮度が違うよ。さっき狩ったばかりだから」
お肉は正義なので、お土産に持ってくると誰でも喜んでくれる。
「おおきいおにく」
「あれ、シシーちゃんもお肉には興味があるのか。食べたかった?」
「うん」
「見どころがあるね。お家に帰ったらシシーちゃんにもあげようね」
「わあい!」
シシーちゃんはメッチャ素直で可愛いな。
お肉で餌付けするのが吉と見た。
チャカが言う。
「今日姐さんは何しに裏町へ?」
「ひゃい子のところへ行くんだよ。シシーちゃんに二つ名付けてもらいに」
「どこの子なんで?」
「こちらのダールグリュン家当主オズワルドさんのお孫さん。先帝陛下のお孫さんでもあるから、皇位継承権持ち」
「「「「「「ええっ?」」」」」」
「ちなみにこっちはルーネロッテ皇女ね。ドミティウス殿下の娘さん」
「「「「「「へへーっ!」」」」」」
一斉に頭を下げるゴロツキ達。
そーゆーのいいから。
「案内いたしますぜ!」
ひゃい子の名付け屋へ。




