第2280話:国を豊かにするための一番のネック
「御主人!」
「よーし、ヴィルいい子!」
ダールグリュン家邸に戻ってきた。
飛びついてきたヴィルとルーネ、ついでにクリームヒルトさんとシシーちゃんもぎゅー。
何で待ち構えているんだか。
ルーネの差し金だな?
まあいいけれども。
口ヒゲダンディズムオズワルドさんが言う。
「ユーラシア殿のおかげで、全て解決した!」
「まあ! それではもう、細々と暮らしていかなくてもいいのですね?」
「ああ、これからは自由だ!」
大喜びのオズワルドさんとクリームヒルトさん、並びに使用人の皆さん。
シシーちゃんもニコニコしとるわ。
しかしこんなデカい屋敷に住んでて細々ってのはな?
どえらいお金持ちの感覚は、あたしみたいなウルトラチャーミングビューティーにはわからん。
閉塞感ハンパなかっただろうな、という気持ちはわかるけれども。
「それで絵を描かせてもらっていいかな?」
「もちろんですとも!」
「やたっ! ねえ、イシュトバーンさん。クリームヒルトさんとシシーちゃんをペアで一枚ってどうだろ?」
「オレも同じことを考えていたぜ」
「お願いしまーす。新聞記者さん達いいかな?」
施政館で聞いた事情を踏まえてホニャララ。
「……なるほど、裏事情は伏せて」
「いらないでしょ。『繁栄』のことも伏せて。クリームヒルトさんがシシーちゃんをひっそり健気に育ててたってのを前面に持ってきて」
「健気にというのがいいですねえ。購読者の共感を得られそうです」
「ユーラシアさんがクリームヒルト様を口説き落とし、画集のモデルにってことでいいですか?」
「よし、それでいこう! 記事が足りなかったら、魔道結界セキュリティや飾ってある絵や調度品の由来を聞いて書かせてもらいなよ。オズワルドさん、いいかな?」
「構いませんとも」
皆ニコニコだ。
よしよし、丸く収まった。
何よりシシーちゃんの未来に明るい展望が開けたことが素晴らしいな。
「昼食を用意させます。ぜひ食べていってください」
「ありがとう。あっ!」
昼食で思い出した。
ドーラは雨だ。
海の女王がお肉を待ってるだろうな。
期待に背くのはよろしくないわ。
「用事あるんだった。ちょっと出かけてくるね。イシュトバーンさんの絵が三〇分くらいで描き上がるんだけど、その頃に戻ってくるよ」
「わかりました」
「ヴィルはここにいてくれる?」
「わかったぬ!」
転移の玉を起動して一旦帰宅する。
◇
「御主人!」
「よーし、ヴィルいい子!」
海の女王の元へお肉を届けてからダールグリュン家邸へ戻ってきた。
飛びついてきたヴィルとルーネをぎゅっとしてやる。
可愛いやつらめ。
「そろそろお昼御飯の頃合いかな?」
「そろそろ絵も描き終わる頃合いですよ」
どらどら、どんな感じかな?
クリームヒルトさんがシシーちゃんをぎゅーしてるポーズだ。
シシーちゃん寝ちゃっとるがな。
退屈だったか。
「随分と可愛いに寄せたね」
「こ、これでですか?」
「オズワルドさんはイシュトバーンさんの画集を知らなかったかな? これあげる」
口ヒゲダンディズムオズワルドさんの言いたいことはわかる。
ロリ二人なのにえっちやないけってことだろう。
でも画伯基準だとこの絵は全然えっちじゃないのです。
ナップザックから画集『女達』を取り出す。
「おお、扇情的な画集ですな」
「今識字率を上げよう、出版事業を盛り上げようって試みをしてるんだよ。この画集、ドーラだと販売価格六〇ゴールドなの」
「何と六〇ゴールド? 考えられないほどの低価格です」
「うん。帝国に持ってくると二五〇ゴールドになっちゃうらしいけどね。運び賃は高い」
「十分安いですよ」
「安い本をたくさん出したいんだよね。そうすると市民の知的水準は上がる。面白いアイデアがたくさん出てくると思うんだ」
こう煽っとくと、領経営の専門教育を受けてるはずの口ヒゲダンディズムオズワルドさんには響くんじゃないかな。
シシーちゃんの教育頑張ってください。
将来への布石なのだ。
「住民の識字率と知的水準を上げたいというのはわかります。国を豊かにするための一番のネックですから」
「オズワルドさんみたいな専門家の見解でもか。これあげる」
「何ですか?」
「ドーラ産の知育玩具『文字を覚えるための札取りゲーム』だよ。シシーちゃんにどーぞ。こっちがドレッセル子爵家ビアンカちゃんの書いた本だよ。まだ帝国では売ってないやつ」
「これはこれはすみませんな」
本がブームだとわかればフィフィの本にはいずれ気付くだろ。
シシーちゃんにはまだフィフィの本は難しい。
読み聞かせならストーリーの単純なビアンカちゃんの本の方がいい気がする。
クリームヒルトさんも楽しめるだろうしな。
「ユーラシア殿は信頼できる鑑定士に心当たりがあるとのことでしたが」
「あっ、そーだ。とっととシシーちゃんの鑑定をしなきゃいけないんだった」
「当家も予約の必要のない鑑定士に当てがないのです。どこのどなたか教えていただけるとありがたいのですが」
「午後行こうよ。案内するよ」
帝国の信頼できる鑑定士って予約がいるのか。
「では馬車を手配しておきましょう」
「いや、裏町なんだ。馬車乗りつけるような場所じゃないの」
「裏町……ですか」
言いたいことはわかる。
治安のよろしくない場所だ。
名家の人間が足を運ぶような場所じゃない。
新聞記者トリオが言う。
「ユーラシアさんがいるなら大丈夫ですよ」
「我々もユーラシアさんに裏町の顔役を紹介してもらいまして、取材がしやすくなったんです」
「そういうことでしたら」
「オズワルドさんかクリームヒルトさんのどっちかはついてきて欲しいかな。よく知ってる人がいる方がシシーちゃんも気が楽だと思うから」
「私が行きましょう。クリームヒルトを休ませてやりたいのです」
いいだろう。
御飯をいただいたら裏町の名付け屋ひゃい子のところへゴーだ。
「描けたぜ」
小声でイシュトバーンさんが言う。
あっ、でもシシーちゃん起きちゃったかな?
むずがる様子が可愛い。
「まあ素敵!」
「あっ、完全に起きちゃった」
「シシー、ほら御覧なさい。綺麗な絵ですよ」
「おかあさまかわいい……」
バッチリ目を覚ましてガン見。
幼児も惹きつけるイシュトバーンさんの謎絵はさすが。
「昼食の用意ができましたよ」
「やたっ! いただきまーす!」




