第2273話:信心不信心
「サイナスさん、こんばんはー」
『ああ、こんばんは』
夕食後、毎晩恒例のヴィル通信だ。
『今日は?』
「あれ、先に聞かれちゃったな。機先を制されたようで面白くないね」
『ユーラシアもどこに何のスイッチがあるかわからんなあ』
わかりやすい美少女だと思うけど。
少なくともうちの子達はそう思ってるんじゃないかな。
「メインの話題からいこうか。モイワチャッカとピラウチの会談がありました」
『三〇年も戦争やってるという、東方の国だな?』
「そうそう。あたしのクエストで言うと『傭兵』の舞台になってる国」
『会談とは?』
「和平に向けての取り組みだね。『神の親』になった隻腕の傭兵隊長カムイさんはそれなりの尊敬を集めてるわけよ」
『ふうん、『神の親』というのは侮れない権威なわけだ』
「うん。宗教や信仰に絡む権威って、外部の者からはわかりにくいけれども」
神であるぴー子が可愛いことはよくわかる。
「そのカムイさんが音頭を取って、モイワチャッカ・ピラウチ両国の首脳を呼んだわけよ。大国である帝国やフェルペダからもゲストを呼んで、まず一発話でもしてみようじゃんってゆーイベント」
『で、当たり前のようにトラブルが起きちゃうわけか』
そう思うかもしれんけど。
いや、あたしもちょっと期待してたけど。
「今日は何もなかったな。あたしが主役じゃなかったからかもしれない」
『ほう、主人公補正が効かないってことか? じゃあ主役はその傭兵隊長で、存在感を見せつけたのか?』
「いや、主役はぴー子だったよ。愛嬌のあるいい子だってことを十分アピールできました」
『ガルーダの雛か。どう考えても見世物ポジションとしか考えられないんだが』
「見世物ポジションって言えばその通りだったな。ぴー子はとても賢い子なんだよ。あたしが育ててるから」
『君が育ててるから、エンタメ感覚に敏感ということだな?』
「あれ、ぴー子がお笑い好きなのはあたしのせいなのかな?」
ちょっとない視点だったぞ?
まあいいけれども。
「ピラウチからは王様自ら参加してたの。その衛兵隊長があたしのことを知っててさ。どえらい失礼なやつで、トラブルメーカーの異名をほしいままにする並外れた問題児だとか、できれば関わり合いになるななんて言いやがった」
『極めて確かな判断力の持ち主だね』
「サイナスさんはサイナスさんで、聖女のあたしに何を言ってるのだ。で、ぴー子はあたしを愚弄する無礼者を許すことはないわけよ」
『つまりぴー子はぴー子でバカにされたからやり返したわけだな?』
「サイナスさんすげえ。何でわかるの?」
『ユーラシアが育ててるなら似た性格なのかなと』
ぴー子はあたしに似てるらしい。
じゃあ賢くて当たり前だな。
「ぴー子はその無礼者衛兵隊長のカツラをくわえて振り回したのでした」
『ハハッ、面白いな』
「ピラウチの王様大笑いしてたわ。結構なエンターテインメントだったね」
ぴー子はなかなかやる子。
神でさえなかったら、ウルトラチャーミングスプラスワンの巡業に連れていってやってもいいくらい。
『会談にはモイワチャッカ側もトップが参加してたのかい?』
「いや、モイワチャッカの方は副書記長って言ってたかな。ナンバーツー?」
『ふうん。両国にとって重要な話し合いの場ではあったろうが、戦争の当事国同士だろう? 予測不能の事態も考えられただろうに、ピラウチ側が最初から王が出張るのは思い切ったね』
「ピラウチの初代の王様が『神の親』だったそうでさ。同じく『神の親』のカムイさんを尊敬してるんだって。神であるぴー子にも会いたかったみたい」
『そういう背景か』
背景と言えば。
「モイワチャッカとピラウチが争ってる原因も、どーもその辺にあるみたいなんだよね」
『その辺とは?』
「モイワチャッカとピラウチは同族で、モイワチャッカが共和制、ピラウチが王制だってことは話したっけ?」
『聞いた』
「王様の態度からすると、ピラウチは初代王を神格化してるっぽいな」
『よくあるケースだね』
うむ、特にガルーダ信仰と結びついていると、『神の親』である初代王を崇め奉るのはごく自然だと思う。
「ところが共和制ってのは、王制側から見ると『神の親』を認めない不信心者の集まりに見えるから」
『ははあ、だから争いになると』
「もちろん王制共和制やガルーダ信仰だけが、戦争の原因なんてことはないんだろうけどさ」
対立の根底にあるものなんじゃないだろうか?
「ところが今日の会談で、モイワチャッカもそれなりに『神の親』や神ぴー子を尊重してることを、ピラウチ王が理解したわけじゃん? とゆーか一番不信心なのはピラウチの衛兵隊長だったわ」
『衛兵隊長はもういいよ。とすると落としどころはどうなる?』
「連邦制でどーだろ、って話は出てる」
『モイワチャッカとピラウチの統治形態を両方残してニコイチか。君のアイデアだな?』
「まあそう。どっちかの政治形態に合わせるのってムリじゃん? 感情的に反対されちゃうもん」
『統治方法自体に優劣付けるのは難しいだろうしな』
統治方法なんてのは方便なのだ。
住民が納得すれば何でもいい。
「うん。だから連邦政府機関が国全体の方針とかインフラ整備とか外交とか研究とかやればいいじゃんね? 組織をひとまとめにする分、効率が上がりそう。ダブって必要なくなった人員を、他所の部署に回せそう」
『ユーラシアはこういう話好きだよな』
「あ、大好きかも」
どういう国にする、どういう世界にするって考えるの好き。
『遠い国でも、いつかドーラに関わることあるかもしれないからな』
「遠い国と言えば、『世界最大のダンジョン』で魔道関係のことが書かれてる粘土板を手に入れたんだ」
『ほう? 高度な内容なのかい?』
「クララが言うには、魔道の基礎ですごくわかりやすいって。ただもちろん全部の内容を確認したわけじゃないよ。近い内に灰の民の村の図書室に持ってくね」
クララもさすがに粘土板を読むのは大変そうなのだ。
本と違ってメッチャ嵩張るしな。
どこか広いところに並べておくのがいいんじゃないだろうか。
「サイナスさん、おやすみなさい」
『ああ、御苦労だったね。おやすみ』
「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」
『はいだぬ!』
明日は未亡人の絵。




