第2261話:制限が商品だけならば
「こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
「ユーラシアさん、ルーネロッテ様、いらっしゃいませ」
『ケーニッヒバウム』の魔宝玉コーナーにやって来た。
しめしめ、ピット君がいる。
ルーネ連れてきてよかった。
色々やりやすいわ。
「ピット君、この子知ってる? 『ミヤネヤ商店』の叩き売り娘ヤヨイちゃん」
「ああ、もちろんお名前は存じていますよ」
「フーゴー商工組合長の孫のピット君だね? リリー皇女殿下の婚約者候補だという」
「あっ、ピット君がリリーとくっつくセンはほぼなくなったんだ」
「そうなのかい? アンタは変なこと知ってるね」
「代わりにルーネのお相手の有力候補だよ。ピット君、ルーネ奪取杯でカルテンブルンナー公爵家ハムレット君が脱落したぞ。今ピット君が最右翼」
「本当ですか!」
「あたしの中では」
「何ですかそれー!」
「何なんだぬ!」
大笑い。
でもちょっとルーネもピット君を気にしてるみたいだ。
ハンネローレちゃんやビアンカちゃんの現況を間近で見たり、公爵家マヤリーゼさんのお茶会に参加したりして思うところあったのだろうか?
ニヤニヤ。
一方でお父ちゃん閣下の心情を踏まえると、帝都大店の跡取りであるピット君はいいんじゃないかな。
ルーネが遠くにお嫁に行っちゃうことを考えれば。
とゆーかそーゆーふうに誘導すれば、ピット君で決まりのような気もするニヤニヤ。
ヤヨイちゃんが言う。
「アタシは魔宝玉には用がないんだがね」
「あたしもないんだけど、いや、売る方には興味あるな。交渉事は権限のある人に会わないとまどろっこしいから。フーゴーさんやピット君は大体魔宝玉コーナーにいるんだよ」
「へえ? ユーラシアはおかしなことを知ってるんだね」
特におかしくはないわ。
出入りしてたら知っただけだわ。
「ユーラシアさんは交渉がありましたか?」
「この美少女の皮を被った商売人聖女は、何もないのに来るほど暇じゃないんだ。じゃーん! ドレッセル子爵家令嬢ビアンカちゃんの本『神話級魔物を倒してプリンセスをゲットしました』が完成しました! 一冊あげるね」
「ありがとうございます」
ピット君、テンション低いな。
どうした?
「……実はヴィクトリア様から既に話はいただいていまして」
「あ、そーだったか。ドーラで刷った方が安いもんだから、向こうで何部刷ってって指定して、ヴィクトリアさんが買い取ってくれるって形式にしたんだ」
「ヴィクトリア様は自信ありげでしたが、現物を見ないことには……」
「現物を持ってきたろーが。どう思う?」
「……正直何とも」
難しい顔をしながらページをめくるピット君。
ラブコメだぞ?
しかめっ面で読む本じゃないんだが。
まあ仕方ない。
ピット君は本の専門家じゃないし、思い入れもないだろうしな。
「ユーラシアさんはどう思います?」
「売れるか売れないかって意味なら、この前のフィフィの本よりは全然売れない」
「やはりそうですよね」
フィフィの本は老若男女関係なく読める本で、フィフィ自身にスキャンダラスな知名度があった。
帝国人が興味を引かれるドーラという地が舞台になっていて、イシュトバーンさんの絵が表紙だった。
新皇帝プリンスルキウス陛下の推薦文もあった。
バカ売れする条件をこれでもかと揃えたのだ。
「フィフィの本はドーラを帝国に売り込みたいっていう、思惑があったんだよ。なりふり構わずヒットを狙いに行ったんだ」
「この『神話級魔物を倒してプリンセスをゲットしました』はどうです?」
「ビアンカちゃんの本にそこまでの後押しがないんだよな」
「ヴィクトリア様が妙に強気なのが気になってしまいまして」
「それなー。ヴィクトリアさん五〇〇〇部引き受けてくれるって言ってたけど、あたしも聞いた時おお? って思ったわ」
「ですよね」
「でも売らなきゃいけないとも思ってる」
「えっ?」
ピット君は色んな商品を売る『ケーニッヒバウム』の跡取りだ。
本にばかり思い入れを込めるわけにいかないんだろうけど、あたしは違う。
識字率の向上や知識の保存を通していい世の中にしたい野望があるのだ。
本の普及は大事。
「今なんだよ」
「タイミングがですか?」
「仕掛けるべきなのはね。画集とフィフィの本で、段階を踏んで本が売れる流れを作ってきたからさ。画集やフィフィの本ほどじゃなくても爪痕を残さないと、一時のブームで終わっちゃう。逆に『神プリ』が売れればビアンカちゃんにファンがつくと思うんだ。そうすれば次から安定して売れる」
「ビアンカ様にはかなり書き溜めた小説があるんですよ」
「なるほど、次がある……」
「ちょっと時間かかるかもしれないけど、五〇〇〇部は捌けると思うよ」
新聞で宣伝してくれるから一般知名度はある程度期待できる。
本番は秋以降の社交界だな。
ヴィクトリアさん達が広めてくれれば徐々に火がつくんじゃないか?
社交界で御婦人方に人気のって煽り入れれば、上流階級の女性には売れそう。
「わかりました。五〇〇〇部全部『ケーニッヒバウム』で引き受けます」
「おお? 思い切ったね。記者さん達、こういうとこまで含めて記事にしてよ」
「わかりました!」
「任せてください!」
「ふうん、うまいことやる気にさせるものだねえ」
ハハッ、ヤヨイちゃんは商売人だな。
こっちの用は終わったから協力してやるか。
「ヤヨイちゃんとこのファンシーショップさ。セレシアさんの服が好きなお客さんが多いんだって」
「客層が重なるというのはわかりますね。合うと思います」
「ピット君もそう思うか。セレシアさんとこと『ケーニッヒバウム』の契約ってどうなってんの? 言えるとこまででいいから教えてよ」
ハハッ、正面からぶっ込んだった。
ヤヨイちゃんビックリしてるわ。
ピット君警戒しなくたっていいんだぞ?
「……『ケーニッヒバウム』がカル帝国内における『セレシアン』の販売総代理店になっています。『ケーニッヒバウム』を通さなくては、帝国内では『セレシアン』の商品を扱えません」
「うんうん、制限は商品だけってことだね? 情報流すことは契約違反じゃないよね?」
「えっ?」
だから警戒しなくたっていいとゆーのに。
「ピット君ありがとうね」
「バイバイぬ!」
新しい転移の玉を起動し、ルーネ新聞記者トリオヤヨイちゃんを連れてホームへ。




