第2258話:クリームヒルトさんという人
フイィィーンシュパパパッ。
「こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
「やあ、精霊使い君。いらっしゃい」
皇宮にやって来た。
いつものサボリ土魔法使い近衛兵に動揺が見られない。
事件が起きてるわけではない。
あたしに対する連絡事項も特にないようだ。
とゆーことは……。
「ルーネが詰め所で待ってるということだね?」
「どうしてわかるのかなあ?」
「わかるんだぬよ?」
「今日ルーネは剣術道場ない日じゃん? 朝からギルド行ってるかもなあと思ってたんだ。詰め所にいるなら、ルーネ連れて『ケーニッヒバウム』行こうかな」
「ルーネロッテ様は、君が帝都に来る気がすると仰っていたぞ?」
「大分野生のカンが身についてきたね」
ワイルドルーネだな。
成長が著しくて大変結構、優秀な妹分だこと。
「新聞記者達も来ているんだ」
「あっ、ツイてる。イシュトバーンさんが新しい絵を描きたいから、モデルを寄越せって言っててさ。とりあえず明後日描きに行こーって決めたんだけど、誰描くか決まってないの。記者さん達いるならモデル紹介してもらお」
「決め方がアバウトだね」
「ところが絵師の審美眼の方がアバウトじゃないんだよ。気に入らないモデルは描こうとしないから、あたしも大変で」
まー人気投票アンケート上位の人なら間違いないだろうから安心。
「狙ってるのは誰だい?」
ハンターみたいな言い草だな。
狙ってるわけじゃないんだけど。
いや、誰のものでもないいい女を描きたがるとゆーことは、イシュトバーンさんはハンター目線なのかな?
「まだ目処が立ってなくてアンケート順位一番高いのが、素封家の若き未亡人なんだよね。サボリ君の知ってる人かな?」
「クリームヒルト様だろう?」
「うん、その人。様付けなんだ?」
意外だな。
お金持ちかもしれんけど平民でしょ?
「マルクス様ガイウス様の同母妹だよ。まだ皇籍も離脱してないはず」
「何とビックリ」
お姫様でござった。
「こんなこと言っちゃアレかもしれんけど、双子皇子の妹って聞くと期待値下がっちゃう」
「儚げで可愛らしい方であることは間違いないよ」
「いいねえ。画集帝国版は今まで儚げタイプがいないから」
ビアンカちゃん以外パワー系に寄っちゃってるのが気になってはいた。
いい女ってのは行動力のあるもんなんだろうけど。
「で、クリームヒルトさんにはどんなロマンスがあるの?」
平民に嫁いで皇籍離脱してないってのもよくわからん。
「それがね? 謎が多いんだ」
「謎? 属性を盛ってくるなあ」
エピソード持ちはイシュトバーンさんの好みなんだよな。
いいかもしれん。
期待が高まるわ。
「クリームヒルト様の嫁いだダールグリュン家は名門なんだ。何度か叙爵されてそれを返上してというのを繰り返している」
「叙爵と返上を繰り返すのが何で名門なのよ? わけがわからんな」
「領地初期経営の専門家みたいな家なんだ。経営が軌道に乗ると国に戻す。帝国にとってはありがたいとも言える」
「ははあ?」
「その都度結構な金額の帝国債が下賜されてるらしいね。帝国で素封家っていうとまず名が挙がるのがダールグリュン家だ」
なるほど、ほぼ貴族じゃないか。
そんな重要な家なら皇女が嫁ぐのもよく理解できる。
「クリームヒルト様は、現当主の一人息子と大恋愛で結婚されたと言われている」
「言われている?」
「結婚三ヶ月後に旦那が亡くなったんだ」
「ええ? ここで悲劇を放り込んでくるとは。意表を突くにもほどがある」
「で、その死因について、美貌のクリームヒルト様を我がものにせんと当主が息子を弑したの、夫に幻滅したクリームヒルト様自身が亡きものにしたの、ダールグリュン家を警戒した帝国政府の暗部が動いたの、陰謀論が目白押し」
「新聞が大活躍ってことだね? とすると困ったな」
クリームヒルトさんとダールグリュン家は、新聞を嫌ってる可能性がある。
新聞記者トリオにも確認した方がいいか。
近衛兵詰め所にとうちゃーく。
「こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
「「「「ユーラシアさん!」」」」
飛びついてきたルーネとヴィルをぎゅっとする。
よしよし、いい子達だね。
新聞記者トリオが聞いてくる。
「今日はユーラシアさん、どうされたんです?」
「ビアンカちゃんの本『神話級魔物を倒してプリンセスをゲットしました』が完成したんだ。といってもまだどんどん刷ってるところで、ドーラでも販売はしてないんだけどね」
ルーネと記者トリオに本を渡す。
せいぜい宣伝してください。
「今からビアンカ様のところへ行くのですか?」
「いや、『ケーニッヒバウム』へ売り込みに行くんだよ。……ってあれ? ビアンカちゃん家で面白いことがある気配?」
「順調なようなのです」
「縁談がってことだね?」
「はい。ヤニック様もビアンカ様も。ヤニック様とハンネローレ様の話はよく耳にするのですが、ビアンカ様の方はサッパリなのです」
「ふーん? 記者さん達何か知ってる?」
「ビアンカ嬢の縁談ですか? いや、何も聞いていないですね」
「サロンで聞いてる内容だけです。他から噂を聞いたことはありません」
「内緒にしてるのかな? じゃ、触るのやめとこ」
「「「「ええっ?」」」」
何なのだ、一体。
どーしてビアンカちゃんに構いたがるのだ。
「私ではわからないんです。ユーラシアさんがビアンカ様に会ったなら、もっと得られる情報が多いのかと思って」
「ビアンカちゃんは秘密とか向いてない。全身が情報を発信してるようなもんだから、会えばわかることはあると思うけど」
「新聞記事に協力してくださいよ」
「アホか、あんた達は。記事になんかできないことは当たり前だろーが」
ビアンカちゃんは積極的に動く子じゃない。
話さないなら話さない事情があるわ。
ビアンカちゃんは今後どんどん本出していくことになるだろうし、新聞記者とはウィンウィンの関係になり得る。
くだらんゴシップ記事で信頼をなくしてどーする。
「ま、愛が熟成するのに時間がかかるんじゃないの?」
「ロマンですねえ」
「ビアンカちゃんだって、ルーネや記者さん達にお世話になってることくらいわかってるんだからさ。放っときゃ必ず話してくれるって」
「ですよね」
「もし困ってそうなら相談に乗ってあげればいいよ」
「はい、そうします」
『ケーニッヒバウム』へゴー。




