第2257話:本の未来
「こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
「いらっしゃいませ」
ヘリオスさんの紙屋へやって来た。
『日和』持ちで天気のわかるバーナード君が挨拶してくれる。
ここは紙屋なのか本屋なのか印刷屋なのかイマイチ判然としないけれども。
まあ業容が広がってくると、何の商売かなんて一言で言えないわな。
ヘリオスさんも信頼できる有能な人なので、もっと大きく儲けて欲しいもんだ。
「バーナード君は記者さん達とうまくやれてる?」
「まったく問題ないよ」
「バーナード君はちょっとした小遣い稼ぎができるし、新聞にとっても有益。うんうん、いいことだね」
「ユーラシアさん。バーナードさんの天気予報は定期購読者確保にすごく貢献しているんですよ」
「だろーな。天気予報って、知れれば嬉しい情報だもんねえ」
「新聞が売れるアイデアは他にありませんか?」
「すげえあつかましいな」
でも嫌いじゃないよ。
新聞売れるアイデアか、なくもないが……。
イシュトバーンさんが言う。
「やめとけ」
「あたしもやめといた方がいいと思う」
「何故です?」
「レイノスの人口からすると飽和に近いくらい、新聞売れてるじゃねえか」
「イシュトバーンさんの言う通りだなー。今以上に売るんだと、今紙面を埋めてるのとは違う情報を欲しがってる層を相手にしなきゃなんない。そんな層は多くないと思うんだよね」
「費用かけただけの儲けは出ないぜ」
「大人しくレイノスの人口増えるか、識字率が上がるかを待ってる方がいいよ」
コストパフォーマンスは大事だ。
帝都に比べりゃうんと人口少ないのに、レイノスの新聞はよくやってると思うよ。
「早くレイノスを拡張してくださいよ」
「そーきたか。レイノスが拡大されれば、間違いなく新聞は売れるようになるよね。でもオルムスさんに言ってくんないと。あたしじゃどーもならん」
「難しいですか?」
「だって行政府にはおゼゼがないじゃん」
おゼゼがなくたって土地を売ればいいので、収支はプラスになるだろうけど。
ん? イシュトバーンさんが微妙な顔してる。
あっ、パラキアスさんがレイノス拡張に近いことを匂わせたんだな?
市民に漏れると土地を独占しようとする人が出てきて迷惑だわ。
あたしも黙ってよ。
「新聞やレイノスの話をしに来たんじゃないのだ。ビアンカちゃんの本、『神話級魔物を倒してプリンセスをゲットしました』あるじゃん? そろそろ完成するんじゃないかって記者さん達に聞いてさ。確認しに来たんだけど」
「ありますあります! まだ店頭に並べてないだけです」
「ナイスタイミングだったな。一〇冊買ってくよ」
「店主が五冊は無料にして差し上げろとのことでした」
「助かるなー。ガンガン宣伝してくるからね」
あれ、新聞記者さん達どーした?
何か疑問ある?
「これ、ユーラシアさんには得がないのでは?」
「短期の金銭的にはそーだね。ただこういう販促活動は、各地の有力者と知り合いになれちゃったりするんだ。あたしが世の中を思い通りに動かすための必要経費だからいいんだぞ?」
「あんたが言うと洒落になってねえな」
「洒落じゃないぬよ?」
アハハと笑い合うけどかなり本気。
特に本とゆーものは結構使い勝手がいい。
何故なら最低読み書きできる人じゃないと縁のないものだから。
たとえそれがエンタメ目的のものであろうとも、知的とゆーか高尚とゆーかそんな香りが仄かに漂うものなのだ。
上流階級の人へのお土産や話のきっかけには、最適なアイテムかもしれないと思っている。
「今日ヘリオスはいないのかい?」
「ヨハン・フィルフョー様の屋敷へお出かけなのです」
ヨハンさんとこか。
輸出関係の打ち合わせかもしれないな。
バーナード君が言う。
「この『神話級魔物を倒してプリンセスをゲットしました』ですけれども、売り方によってはドーラでも結構な売り上げを期待できるのではと、店主が申しております」
「ヘリオスさんがその気でいるのは嬉しいなあ」
「ところが手に取ってもらうのは難しいのではないかと……」
「むーん?」
エンタメ本だということはタイトルからわかるだろうし、読んでもらいさえすれば内容は面白い。
ただなー、男性に興味持ってもらえないとドーラじゃ売れないだろうなー。
騎士と姫の物語って簡単に説明しちゃうと完全に女性向きだし。
確かにドーラで売るのはちょっと難しいな。
話題性か付加価値が必要だと思う。
「あんたがモデルだってことを新聞で宣伝すればいいじゃねえか」
「新聞の紙面を埋めるにはいいかもね。でもそんなことで本が売れる?」
「ユーラシアさんがモデルなんですか?」
「といっても騎士の方が」
あたしがヤマタノオロチを倒したことと、ウルピウス殿下に求婚されたというエピソードからのインスパイアーでほにゃらら。
「ははあ、男女逆ということですか。面白いですね」
「そういやどうしてこれ新聞記事にしなかったんだ?」
「ウルピウス殿下に関わることじゃないですか。帝国から正式に抗議でも入ったら困りますし」
「ウ殿下への配慮だったのか。構わないぞ? ウ殿下あたしにプロポーズしたって噂が帝都で出てるのに、全然気にしてないし。とゆーか噂を利用しようとしてるっぽいし」
「殿下は完全に精霊使いに惚れてるぜ」
「やっぱ本気だよなー。メルヒオール辺境侯爵とかヴィクトリアさんとかも、未来は決まってないの簡単に諦めるのは許さんのって煽ってくんの」
「ユーラシアさんはウルピウス殿下に嫁ぐことはないんですか? 玉の輿ではないですか」
玉の輿以前にウ殿下は覇気のあるいい男だ。
ただ結婚って簡単な問題じゃないからなー。
「こいつはドーラに来てくれる人がいいって言ってたぜ?」
「ウ殿下いい男だけど、次期辺境侯爵が内定してるじゃん? あたしはドーラをいい国にしたいし、ドーラの人口増加に貢献したいから」
ウ殿下は間違ったってドーラに来る人じゃないしな。
どーして新聞記者ズはこんなのを必死でメモっているのだ。
もっと記事にできる話題があったろーが。
話題を変えるようにバーナード君が言う。
「これから書籍の出版が増えそうだから活字と印刷機を増やすと、店主が言ってましたよ」
「おおう、ありがたいな。あたしもどんどんお仕事持ってくるからね」
未来は明るい、さて帰ろ。




