第2250話:魚横丁とネコ様
「御主人!」
「よーし、ヴィルいい子!」
飛びついてきたヴィル以外にリリーフィフィ上皇妃様ヴィクトリアさんまでぎゅー。
ヴィクトリアさん上皇妃様が口々に言う。
「これはいい。心が洗われるようだの」
「気持ちがいいですねえ」
「そお?」
「心が洗われるようですわ!」
「心が洗われるようだぬ!」
「ユーラシア、これはどういう仕組みなのだ? カラクリがあるのか?」
ヴィルはともかく、フィフィやリリーまで何なん。
カラクリ言われても。
「最近知ったんだけど、あたしのカンがいいっていう持ち固有能力の『閃き』は、ぎゅーで感覚共有できるみたいなんだ。そのせいかも」
さらに悪魔や精霊みたいな実体を持たない存在は、精神的なパワーみたいなもんを摂取できるから嬉しいんだろう。
いやでもニルエやルーネはあたしのぎゅーで固有能力を発現したし、実体持ってても効果あるのかな?
その辺の理屈はサッパリ。
羨ましそうなウルピウス殿下が言う。
「魚横丁からは少し離れているな」
「人がたくさん集まってるところにヴィルがいきなり出ると、皆がビックリしちゃうからね。少し離れたところに転移することにしているんだ」
「なるほど」
「ユーラシアの割に考えているではないか」
「何だ、あたしの割にって。あたしは常に細心にして大胆な手法を模索しとるわ」
「酔狂のためなのですわ!」
「否定はしないけれども」
「否定しないぬ!」
アハハと笑い合う。
今から魚横丁を楽しむ掴みとしてはバッチリではなかろーか。
「案内いたしますね」
「お願いしまーす」
上皇妃様を先頭にゴー。
◇
「魚屋さんばっかりあるのかと思ったら、イメージ違った」
もちろん海産物メインなのだが、肉屋や八百屋もあるやん。
パッと見何だかわからん店もある。
イメージとして、海の王国の商店街が近いな。
ワクワクするなあ。
「様々な店が揃っているのだ」
「しかしやはり海産物がウリだ。食堂も多いぞ」
「多いしおいしそうだけれども。今日お昼御飯は宮殿でいただくしな。ちょっと残念」
「妾が子供の頃は魚の店がほとんどだったのですよ」
じゃあ人が集まるようになるに従って、魚以外の人々の欲しがるものを売る店が増えてきたということだな。
正常な発展の仕方だと思う。
ドーラにもこういう、住民も観光客も楽しめる商店街があるといいなあ。
「ユーラシアは魚横丁に目的があったのか?」
「新しいものを見たいね。魚の加工食品とか」
ドーラにあまりない技術なのだ。
海の王国でも鮮魚はともかく加工品はもう一つだしな。
特に保存食になるようなものがあれば知りたい。
「干物が多いね」
しかしツノオカにあったみたいな、臭いのキョーレツなやつはないようだ。
あれはツノオカオリジナルなのかな?
いずれにしても干物にすると旨みが凝縮されるんだよな。
一夜干しくらいならあたしも作るけど、細かい技術の必要なやつは知らない。
「干物以外だと塩蔵品や燻製、練り物が多いか」
「ユーラシア、練り物はドーラにないのではないか?」
「見たことないねえ。ぜひ技術を導入したい」
ドーラの魚食はまだ始まったばかりだもんな。
ガリアやゼムリヤでは練り物が盛んみたいだ。
あたしも以前メルヒオールさんにチラッと作り方を教えてもらったけど、まだ手をつけてない。
研究すべきではある。
少しお土産に買ってこ。
「あっ、ネコ様!」
「ネコ様?」
「おお、ネコ様だ」
何だ何だ?
周りの人が騒然とし始めた。
デカい猫がトコトコを歩いてくる。
しかし?
上皇妃様が興奮気味だ。
「ネコ様は妾が幼い頃からいる、魚横丁のマスコットなのですよ」
「へー、長生きだねえ」
とは言ったものの、そりゃ長生きだろ。
あ、リリーと黒服は気付いたな。
ネコ様飛びついてきたぞ?
よしよし、可愛いやつめ。
ぎゅっとしてやろう。
それで皆何で驚いてるのよ?
「おお、ネコ様に懐かれるとは! 初めて見た!」
「お嬢ちゃん、きっといいことあるぜ」
「ユーラシアさん、羨ましいです! ネコ様は絶対に懐かないと言われていたのです!」
「ふーん?」
上皇妃様大興奮ですがな。
ヴィルとネコ様は言うな言うなって顔してるし。
大体事情はわかったからあとでもいいや。
ウ殿下が不審に思い始めたようだ。
「ユーラシア、何なのだその猫は」
「ただの怪しい猫だよ。でも最近の魚横丁については上皇妃様より知ってるんじゃないかな。面白いとこに連れていきなさい」
「にゃあ」
うむ、素直。
ネコ様の案内する先は……。
「貝殻屋?」
「素敵ですわ!」
いろんな貝殻があると奇麗は奇麗だな。
しかし実用性のないものは全く食指が動かんとゆーか。
需要があるのかこんなもんと思ったけど、チラホラ客入ってるわ。
腐らないお土産の感覚かな?
フィフィ大喜び。
そーいえばフィフィは貝細工が得意っていう、忘れかけてた設定があったな。
「これはタカラガイですのよ」
「丸っこくてツルツルでユーモラスな貝だねえ」
「本来は南の海に多い貝なのじゃ。昔は貨幣の代わりに用いていた国があるというぞ」
あれ? フィフィだけじゃなくてヴィクトリアさんまで貝に詳しいのかな?
興味津々やないけ。
やるなネコ様。
「フィフィリアの貝細工は有名であったの」
「お恥ずかしいです。ドーラに行ってからはとんとやらなくなってしまいましたが」
「何でやんなくなっちゃったの?」
「貝殻が手に入らないからですわ。安い膠はダイカー猟のおかげで出回ってきたのですけれど」
「塔の村に魚を入れてる魚人達との取引所あるでしょ? あそこで売ってくれって頼んだら、タダみたいな値段でごそっと仕入れてくれると思う。以前海の女王が、貝殻は無価値だみたいなこと言ってたんだ」
「そうでしたの?」
「うん。でもどんな貝殻なのかはわかんないけど」
「割れていないものなら、とりあえず何でも使えると思いますわ」
「じゃあそういうふうに注文入れてみ?」
「わかりましたわ」
美意識の高いヴィクトリアさんが気にしてるくらいだ。
フィフィの貝細工は結構なものなのだろう。
あたしも見てみたいな。
作家として有名になってる今なら、貝細工も結構なお値段で引き取ってもらえるかもよ。
「ネコ様のガイドは信頼できるとわかった。次もよろしく」
「にゃあ」
得意げなネコ様。
さて次はどんなところに連れてってくれるかな?




