第2242話:さすがのツワモノ
「美味いなー」
仕留めた何ちゃらヘラジカをステーキにしていただいている。
クセがなくてボリュームの割にサッパリ食べられる、万人向けのお肉だと思う。
騎士団長チャドウさんが言う。
「エルダーヘラジカは秋になると、冬越しで体力をつけるためにもっと脂が乗るんだ」
「なるほど、脂が乗ったシカもうまそーだね」
魔物肉には抵抗のある人がいるが、ツノオカ人とは普通に話ができるのは嬉しいな。
ハハッ、閣下はもうお腹一杯かな?
ルーネの方が倍くらい食べてら。
「今日は助かった。ツワモノユーラシア一人で一〇〇頭以上倒してくれたろう?」
「いやいや。たまたまあたしの得意分野だから」
「君の部下の精霊もすごいじゃないか」
「クララの解体精肉の技? あれはあたしもよくわからんくらいすごい」
「マヒルニィでシカ肉バーゲンだな。保存食作りも捗る」
「よかったねえ」
アハハと笑い合う。
「一〇〇頭も倒せば、かなり圧力も減ると思うのだ」
いや、どうだろう?
「団長さん、おかしいと思わない?」
「何がだ?」
「シカ達の様子。何かに追い立てられてこっちに押し寄せてるような気がする。あれ、今年生まれた頭数が多いってことだけで説明できるのかな?」
「うむ……」
草食魔獣は邪気持ちとはいえ、本来は好戦的な魔物ではない。
おいしいだけが取り柄みたいなもん。
いや、おいしいってこの上なく重要な取り柄だったわ。
ちょっと反省。
「ガシガシ柵壊そうとしてくるんだもんな。柵のこっち側にうまそーな作物を栽培してるとかならあり得るけど、何にもないじゃん?」
「渓谷から北の平原へ連絡する重要な軍事地点だから、畑なぞ作れんという事情はあるが」
団長さんも変だとは考えてたみたい。
「他に原因があるかもしれんとは考えていた。が、何せ危険で調べる方法がなかったな」
「うちのクララが飛行魔法使えるよ。空から偵察しに行こうか?」
「飛行魔物がいるぞ?」
「強いやつ?」
「昆虫系は大したことないな。あと猛禽類の魔物がまあまあの強さだ。我らの偵察隊の脅威にはなり得るが、ツワモノの敵ではない」
「猛禽類なら群れることないから逆に安心だわ。ちょっと見てくる」
「オレも行く」
「指揮官がここ離れるのはよろしくないじゃん。コシキさん借りるよ」
「む、そうだな。コシキ、案内してやれ」
「はっ、了解であります」
「今日あたし達が来たのは、ギルとゴールドの通貨単位統一に関わる話なんだ。テテュス内海どころか世界中に影響しちゃう案件だよ。団長さん、閣下に聞いといてくれる?」
「おう、そうだったのか。わかったぞ」
ようやく自然な状態で閣下にバトンタッチできた。
あとはお願いしまーす。
「ルーネは閣下とお留守番ね」
「ええ?」
むくれんな。
魔物退治はまた連れてってやれるけど、国と国の交渉に携われる機会はあんまりないから経験しときなさい。
ルーネくらい高レベルの人をつけとかないと閣下が軽く見られるとか、偵察でどんな危険があるかとかがわからないとかの理由もある。
「ごちそーさま。クララ、お願い」
「はい、フライ!」
びゅーんと渓谷へ。
◇
「いい眺めだねえ」
両側の岸壁がすげー高い。
なるほど、これなら渓谷以外から魔物が侵入するおそれはないな。
コシキさんが言う。
「君の精霊使いというのは、精霊を配下に従えているということなのかい?」
「うん。あたしは『精霊使い』っていう固有能力も持ってるから」
「も? 固有能力の複数持ちなのかい?」
「あたしは七つ持ちだな」
「七つ……」
「最初三つだって言われてたんだけど。何か段々増えちゃうの」
唖然としてるけど本当なんだって。
「さ、さすがのツワモノだな」
「固有能力って持ってりゃ偉いみたいに言われることあるけど、あんまり関係ないと思うよ。あたしが美少女であることは固有能力全く関係ない」
「そんなことは聞いてないよ!」
「アハハ。でも団長さんは結構な能力持ちみたいだねえ?」
「わかるかい? というか団長と普通に喋れる人に初めて会ったよ。皆多かれ少なかれ動揺するものなんだ」
「そーなんだ? あれ、閣下とルーネ置いてきたの失敗したかな?」
ま、議論するわけじゃない。
通達だけだから構わんだろ。
「団長さんは何て固有能力持ちなの? 内緒なら内緒で構わんけど」
「『断罪』というレアな固有能力をお持ちだそうだ」
「あっ、『断罪』持ちだったのか。道理で」
リモネスのおっちゃんが『サトリ』の他に持ってるやつだ。
自分の信念を通す度合いを自分と相手とを比較し、自分が勝れば相手を竦ませることができるとかいう。
「指導者向きの能力だねえ」
「君には全然効果ないようじゃないか」
「いや、『断罪』って自分の我が儘を通せる人には効かないって聞いたな」
「ハハッ、団長相手に我が儘なんか言えないよ。普通なら」
「何か来たぞ?」
鳥の魔物だ。
団長さんが言ってた例の猛禽類だな?
バカなやつめ。
いっちょまえにあたしらをエサ認定するとはどーゆー了見だ。
実力差も考えんと向かってくるな。
「エルコンドルだ」
「随分とデカくね? 結構強くはあるけど」
「やたらと素早いんだ。いかにツワモノユーラシアと言えども、手に余るだろう。一旦降りたほうがよくないか?」
「いや、問題はないな。ほいっと」
スピードはあるけど、あの大きさなら狙ってくれって言ってるようなもん。
びしっと一撃入れたらバランスを崩して落ちていく。
「苦しませても可哀そうだな。ほいほいっと」
さらにとどめだ。
御愁傷様。
「す、すごいな」
「うーん、シカ肉が大挙して押し寄せちゃう原因はわかんないねえ」
今のコンドルの方がシカより強そうではある。
でもあの程度の魔物に追われたとはとても考えられんしな?
となると渓谷内には原因はない。
先の平原に何らかの原因があるんだろう。
さて、渓谷も終わりだ。
「うわあ、雄大!」
木がほとんどない。
一面の草原だ。
緑が美しい。
草を食べるなら、シカのエサが足らんことなさそうだけどな?
「この景色も短い夏の時期だけなんだ」
「冬は雪だらけ?」
「まあね。特別雪が多いってわけじゃないが、積もることは積もる。ひたすらに寒いよ」
「ドーラは雪降らないからなあ」
魔物は多いけど。
いいところ悪いところあるもんだ。
「あれは何だ?」
コシキさんの指す方向に目を向ける。




