第2237話:港町フォド
親子の会話はじっくりするといいよ。
寝不足にならない程度にね。
さて、今日のことを話し合わないと。
地図を広げる。
「これから行くツノオカ騎士団領はここでーす」
アンヘルモーセンからは東の方、アンヘルモーセンとツノオカと対岸の帝国領タルガが大体正三角形くらいの位置になる。
アンヘルモーセンと付き合いがないなら、タルガからの貿易で食い込みやすいんじゃないの?
と、単純に思うのは、ツノオカを知らないせいなのかしらん?
「元々海賊だか探検家だかが流れ着いて作った集落みたいだね」
「局地風と地形の関係で漂着しやすいらしい」
「へー、面白いな。四〇年くらい前にデルフザーンの王族アララギって人が来て、持ってきた美術品でバアルと取り引き、人材を呼び寄せて急激に発展したんだってよ」
「初代騎士団長アララギはデルフザーンの王族だったのか。デルフザーンも共和制になったり新たな王家が立ったり、忙しないんだ。混乱でわからなくなってることも多いと思う」
「アララギさんも名前変えてるのかもしれないねえ。あとツノオカは国じゃなくて共同体って名乗ってるんだって。これもバアルからの情報。あたしが知ってるのはそんだけ」
「ツノオカについてわかっていることはごく少ないね。人口は三〇~七〇万人の間。最も人口が多いのは港町フォドだが、どうやらフォドは騎士団の根拠地じゃないらしい」
「ふーん? じゃ、もっと内陸の方へ行かないと偉い人に会えないのか。でも地図にも載ってないな」
どーすべ?
「ヴィルはツノオカについて何か知ってることある?」
「一生懸命働いている人が多いんだぬ。前向きでいい感情を得られるんだぬ」
「なるほど?」
「わっちは好きな国だぬよ? でも天使や悪魔を意に介さない傾向にあるぬ」
「うん、ありがとう」
人間本位の国、国じゃなくて共同体ってことか。
天崇教が受け入れられないのは、そーゆー理由かもしれない。
でもアララギさんは悪魔のバアルと付き合いあったみたいだけどな?
あくまで個人的な付き合い、とゆーか取り引きの相手だったのかな?
ただ一生懸命で前向きってのはあたしの好きな属性だなあ。
ヴィルが好きな国ならきっといいところだ。
行くのが楽しみになってきた。
「ユーラシア君、どうする?」
「港町フォドに行ってみるしかないねえ。でっかい町なら何らかの手掛かりはあるでしょ。団長さんに会うためにはどこに行ったらいいか聞こうよ」
「うむ、そうだな」
「ヴィル、フォドへ行ってくれる?」
「はいだぬ!」
掻き消えるヴィル。
「あんまり他国と付き合いないみたいだけど、ギル通貨圏ではあるんだよね?」
「ああ、それは間違いない」
「しまったなー。ギルの手持ちがあんまりない」
「ユーラシアさん。あれ、やりましょうよ」
ルーネがワクワク。
人間お手玉か。
「その手もあるな。閣下やられてみる?」
「何だか知らないが断る」
「察しがいいね」
おっと、ヴィルからの合図だ。
『御主人! ビーコンを置いたぬ!』
「ありがとう。そっち行くね」
新しい転移の玉を起動する。
◇
「御主人!」
「よーし、ヴィルいい子!」
飛びついてきたヴィルとルーネをぎゅっとする。
羨ましそうな顔で閣下が見てるけど、そうです。
これはいつもやるんです。
「ここがフォドか。港だね」
「漁港だな」
「ヴィル、ツノオカの港ってここだけ?」
「いくつかあるぬよ? でも一番大きいのはフォドだぬ」
「そーか、ありがとうね」
結構な規模の港を建設できそうな地形だけど、見たとこ貨物船っぽい船が見当たらない。
漁船ばっかりだ。
自給自足傾向が強くて他国とほとんど交流がないということが一目でわかるな。
一番大きくて貿易に向いてそうな港がほぼ漁港としてしか使われていないなら、他の港も同じだろ。
「とても魚臭いですね」
「うん、そーだね。立ち並んでるのは魚の加工工場みたいだな。お肉より魚が主食になってると見た」
魚食が始まったばかりのドーラにはない光景だ。
異国情緒があるなあ。
実に興味深い。
……強者優遇の国ならレベルの高い人が多いのかと思ったけど、そんなことないな。
行き交う人達を見てもレベルの高い人なんかいない。
もっともフォドは最初の植民集落だから、この近辺には魔物はいないか。
国境付近だと状況が違うのかもしれない。
閣下が顔を顰める。
「ユーラシア君、異常に臭くないか?」
「異常に臭いね。こんなん嗅いだことないわ。でっかい建物でこんな臭いさせてるってことはつまり、あたしの知らん何かをやってるってことだよ。興味があるねえ」
「ユーラシアさん、すごいです!」
「ハッハッハッ、もっと尊敬していいんだよ?」
臭いの強い方へ行ってみよ。
建物の一つに入ってみる。
マジですごい臭いだな。
何作ってるんだろ?
「こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
「あれ? いらっしゃい。見かけない顔だね」
「そーだね。あたしもおっちゃんの顔見かけたことないわ」
アハハと笑い合う。
「あたしら実は外国人なんだよ。カル帝国ってとこから来たんだ」
「ああ、知ってる知ってる。世界最大の国なんだろ? 遠いところからようこそ」
「すげえ臭いがしてるから、釣られてきちゃったの。ここでは何を作ってるのかな?」
「魚の干物だよ。ツノオカ沿岸部の名物なんだ」
「マジかよ。これ食べ物の臭いだったん?」
魚肥か何か作ってるんだと思ってたぞ?
衝撃だな。
騙されてないよね?
「ハハハ。他所の国にはないものかもしれないな。秘伝の発酵液に浸してから干すと、旨みが増すんだよ」
「へー」
「もっともメチャクチャ臭いのは否定できないからな。独特の臭いがどうしてもダメで食べられないってやつが、フォドにも多いんだ」
「だろーなー」
「お嬢ちゃん、試食してみるかい?」
「いいの? チャレンジしてみる」
閣下とルーネの目が点になってるけど、大丈夫。
何故なら人間の味覚なんてどこの人もそう変わるもんじゃないから、とゆーのがあたしの持論なのだ。
結構な工場まで建てて作ってるんだもん。
好き嫌いはあってもそれなりに食べられるはず。
むしゃむしゃ。
「あれ、意外なほど美味いぞ? いい感じの塩気」
「だろう?」
干物工場のおっちゃんドヤ顔。
こーゆー味のもんだとわかっていれば臭いもあまり気にならん……気になるけれども。




