第2236話:感謝一〇〇%の視線が眩しい
――――――――――三三六日目。
フイィィーンシュパパパッ。
「おっはよー」
「おはようぬ!」
「やあ、精霊使い君。いらっしゃい」
朝から皇宮にやってきた。
最早聖女番と言っても過言ではないサボリ土魔法使い近衛兵が言う。
「ルーネロッテ様がここに石を埋めていらして」
「転移先の目印になる石なんだ。皇宮に転移する時はここって決めといた方が、近衛兵も警備上都合がいいかと思って。転移実験もしてたでしょ?」
「ああ。何度もいらっしゃるので俺がゆっくりできない」
「あんたの都合は知らんがな」
「知らないぬよ?」
何がゆっくりできないだ。
もう少し真剣に働け。
「あっちゃならないことだけど、転移の玉を誰かに奪われるとそいつが皇宮に忍び込むってこともあり得るんだよ。転移先は一ヶ所に決めといた方が絶対にいい」
「確かに」
「リリーが帰ってくる時もここに転移するように設定するね。迷惑そーな顔すんな」
給料分は働け。
昨日、ビーコンを埋めていないため行く先が決まっていない転移石碑も五つ埋めてある。
ポロックさんやおっぱいさんとどこを行先にするか決めないとな。
「で?」
「で、とは?」
「サボリ君の心をざわつかせているのは何なのって聞いてるんだよ」
「わかるのか。君のカン、おかしくないか?」
「あたしすごくカンがいいっていう固有能力持ちなんだ。パッと何に役立ったかってのが印象に残ってないんだけど、何げに一番使えてる気がするんだよね」
『閃き』は案外すごい。
ただあたしは元々カンがいい方なんだよな。
他に『閃き』持ちに会ったことがないので、どこまでが固有能力の影響かはわからない。
「もっともサボリ君の顔は情報を垂れ流しているからな?」
「マジでやめてくれ」
「冗談だってば。何があったん?」
「ドミティウス様とルーネロッテ様が寝不足のようで」
「えっ? 今日はツノオカ騎士団領って国に行くんだよ。詰め所には来てるんだよね?」
「来ている」
「寝不足ってどゆこと?」
「昨日『アトラスの冒険者』関係でドーラに行ったんだろう? そのことについて夜に話し合ったとか」
「ははあ?」
「どういうことなんだ? 我々近衛兵も知っていた方がいいことか?」
皇宮警備を担当する近衛兵が心配なのはわかる。
しかし飛空艇のことは話さん方がいいだろうし?
「……ドーラは友好独立したってことになってるけど、実際には戦闘もあったんだ。一般人は知らなくても、防衛任務に携わった『アトラスの冒険者』は知ってる」
「ふむふむ」
「お父ちゃん閣下はドーラ侵攻作戦を計画した側だからさ。敵じゃないかと怒っちゃった冒険者がいるんだ。あたし自身が全然気にしてなかったから、そんなんなるとは思ってなくて。険悪ってほどではなかったんだけど、わだかまりはあるなあとゆーこと」
「君みたいに割り切れる人ばかりではなかったと」
「ふつーに収まったけどね。理屈で考えれば、帝国と仲良くしなきゃいかんのはわかるじゃん? 終わったことにいつまでも拘って、未来の発展をふいにするのはバカだ。あたしはバカなことが嫌い」
「難しい心理だなあ」
「心理とゆーか真理だね。閣下もある程度ゴタゴタするのは織り込んでた態度ではあったよ。でもほとんど情報っを持ってないルーネはどゆことかわからんから、お父ちゃん閣下を問い詰めたんじゃないかな」
「そういうことか」
有様が目に見えるようだ。
ルーネは潔癖気味なところがあるからなあ。
「今ドーラはドラスティックな変革の時期を迎えているのだ。ドーラ人が独立の経緯についていつまでも根に持つことはないよ。まーでもルーネが気にするのは仕方ない」
「ドミティウス様はどうだ?」
「喜んでるんじゃないかな」
「えっ? どうして?」
「ルーネと語り合える至福の時間が取れたから。閣下機嫌良くなかった?」
「ええ? 言われてみると不機嫌ではなかったような……」
穿った見方をすれば、閣下はルーネになじられることまで見越して『アトラスの冒険者』の集会に参加したのかもしれない。
さて、近衛兵詰め所に到着だ。
「おっはよー」
「おはようぬ!」
「ユーラシアさん!」
ルーネとヴィルが飛びついてくる。
あれ、ヴィルが躊躇してるな。
ルーネの情緒が揺れている?
「ユーラシアさん、すみませんでした。お父様に全て聞きました」
「ドーラ独立の経緯か。つまんないことは気にするもんじゃないよ? これからのことを考える方が建設的で、人生楽しいからね」
「はい!」
ふむ、寝不足は寝不足らしいが、やはり閣下は満足してるっぽいな。
遊んだろ。
「多分閣下に全て聞いたってのは、ルーネの勘違いだぞ?」
「「えっ?」」
「どーせ閣下は都合のいいことだけ話したに決まってる」
「ユーラシア君!」
「昨日お父ちゃん閣下から聞いたことと、ルーネの持ってる情報・傍証・推測をつき合わせて検証するのだ。辻褄の合わないところ、不自然に情報の抜けてるところはどこかな? おかしい部分でお父ちゃんを追及するのだ」
「はい!」
「機密の部分は教えてもらえないけど、あっ、どこそこが内緒なんだなって理解しとくことも重要だからね」
「ユーラシア君、勘弁してくれ!」
「これもルーネの勉強だとゆーのに」
とゆー一連のやりとり。
まだ眠気が飛んでないみたいだからもう一押しだな。
「で、これあたしがルーネに一方的に肩入れしてるように思えるかもしれないけど、実は違うんだな」
「どういうことです?」
「お父ちゃん閣下はルーネとお話したいから、心のどこかで喜んでいるのだ」
「そうなんですか?」
「全部言っちゃってるじゃないか!」
アハハ、目が覚めましたか?
サービスですよ。
「ルーネは今まで、お父ちゃんとあんまり突っ込んだお話してないかもしれないけど、実にもったいないことなんだぞ? かなり重要な情報源だからね」
「でもお父様は私の行動を制限するのです」
「よく考えてみなよ。お父ちゃん閣下は、ルーネが画集のモデルになるのも『アトラスの冒険者』になるのも、最終的には許してくれたぞ? 理と利をもって説得できる相手は話す価値がある」
「……ユーラシアさんの言う通りですね」
「お父ちゃん閣下はまだまだいろんなことを知ってるはずだ。聞き出すのだ」
「はい!」
お父ちゃん閣下の感謝一〇〇%の視線が眩しいこと。




