第2233話:完敗だった
お父ちゃん閣下が目を伏せ、自嘲気味に言う。
「……完敗だったのか。あの戦は」
「最初からムリ筋だったぞ? 被害が大きくなるか小さくなるかだけの違い」
帝国軍は最高にうまくやってもレイノス占領までだったと思う。
もしレイノスが占領されれば、あたしは海の女王に協力を要請して、ドーラにやってくる全船舶を沈めてもらうことにしただろう。
すると補給の続かない帝国軍は降伏することになる。
「たまたま工作部隊を捕捉できたからそう思うかもしれないが、大量に送ったらどうだった?」
大量に送れなかったことも知ってるけどな。
閣下はドーラに相当未練があるらしい。
「披露する機会がなかったけどレイノスより東側、つまり今いるこの辺の海岸には飛行魔法による警戒網があったの。あたしの後輩の冒険者が担当してた」
「警戒網とは?」
「小舟を見つけたらとにかく攻撃しろって言ってあった。海面でバタバタしてりゃ海の一族のパトロール隊が気付くから、勝手に始末してくれる」
「何と!」
「まーそんなことができる高レベルの風魔法使いは、開戦時にはうちとその子のパーティーしかいなかったよ。だからドーラ西域はカバーできなかったんだけどさ。開戦時点から一ヶ月もすれば、ルーネも持ってる飛行魔法のパワーカード『遊歩』が完成してたよ。帝国軍工作兵がドーラのノーマル人居住域に隠密上陸することは、事実上不可能になってた」
「……飛行魔法のパワーカードも、戦争を見据えて作らせていたのかい?」
「そーだよって言えると格好いいねえ。でも実はただの偶然なんだ。飛べるカードがあると便利じゃん?」
頷く閣下とルーネ。
だからタイミングがピッタリ同じだとゆーのに。
やっぱ親子だなあニヤニヤ。
「肝心の切り札飛空艇はユーラシア君の担当か」
「そゆこと」
「ドーラの前にテンケン山岳地帯に投入されることも?」
「知らなかったけど、ドーラに来られるほど燃料積んでないって情報はあった。じゃあ試験運用だね、多分謀反が疑われてる聖火教徒の集落だってことで」
「……死にかけた、というのは?」
「あたしが飛空艇に乗り込んで壊したってのは知ってるんだよね?」
「ああ、報告にあった」
「飛空艇の艦長だったクリーク少将と話してて脱出が遅れたんだ。とゆーか少将があたしを道連れに死のうとしてた」
「クリーク少将が……」
「硬派な男だね。頼りになるのでドーラに誘いました。その後あたしは山にこもって、帝国の気を引きつけろって役割だったんだけど」
「そうか、あれもドーラ独立の支援活動だったのか」
「謎が解けると面白いでしょ?」
あたしもわかんないことあるとモヤモヤするしな。
ルーネ頑張ってついて来い。
「山ごもりしてる間にババドーン元男爵やマックス中佐と会ったんだ。マックスさんも優秀だね。軍人続けててももう芽が出なさそーなんで、ドーラがもらいました。ありがとう」
「リモネスとも会ってるだろう?」
「最後に来たのがリモネスさんだったな。飛空艇落としてから半月後くらい。帝国もすげえおっちゃんを寄越してきたなあと思ったよ」
「リモネスの報告書には、ユーラシアの『ユ』の字もなかったんだ。どういうことだい?」
「あの時は名乗んなかったんだ」
「しかしリモネスは『サトリ』の固有能力持ちだ。名前を探るのなど、容易なはずだろう?」
「そーだ、リモネスさんには隠してもムダだった」
アハハと笑い合う。
「となるとユーラシア君はリモネスと何らかの取り引きをした。意図的に報告する情報を絞らせたということになる」
「うんうん、正解でーす」
「あのリモネス相手にどうして取り引きができる? 予が知る限り最も潔癖な人物だ。何を言われても己の信念を曲げるとは思えないが」
「信念を曲げる取り引きじゃなかったからじゃないかな。あたしもサービスするからおっちゃんもサービスしてって持ちかけたの」
「わからない。どういうことだい?」
「最初のテンケン山岳地帯の聖火教徒の反乱の噂、あたしはあれを否定してたんだ」
「……そうだ、高位魔族が加担している。おそらく住民は聖火教徒ではないという報告があった。今ならばわかる。ヴィルを使って偽装をしていたんだな?」
「そうぬよ?」
「つまり聖火教徒は無関係であるという状況を作り出して、取り引き材料にしたのか。リモネスも聖火教徒だから」
「聖火教徒はマジで無関係だったぞ? 反乱ってのは単にパラキアスさんが流した噂だもん。他の聖火教徒が迷惑すると可哀そうだから、サービスで火消ししてただけ」
最後に聖火教徒のリモネスさんが来るなんて知らんかったけど。
まあ善行にはいい報いがあるってことだよ。
「その心意気がリモネスを動かしたのか。見返りに要求したのは?」
「あたしがドーラから来てたってことを伏せること」
「やはり。どの報告からもドーラを臭わせるものはなかった。時期的に関与が疑われていたのにも拘わらずだ」
「正確に言うとドーラも関係ない。あたしが個人的に聖火教徒に手を貸してただけ。ドーラはシブいから給料も報奨金も出しゃしない」
アハハ。
今更こんなことで帝国とドーラの関係が悪くなるとは思わないけど一応ね。
「で、リモネスさんに全て終わったことを聞いて、ドーラに戻ってきたんだよ。ユーラシア一五歳、真冬の大冒険でした」
「本当に大冒険ですね」
「帰ってからメキスさんの話を聞いて」
「メキスが生きているのか?」
ルーネが誰? って顔してる。
塔の村を襲った工作部隊の隊長ですよ。
「メキスさん以下潜入工作兵二五名は全員生きてるよ。でも当時の状況で帝国には帰れなかったじゃん? 閣下がせっかくドーラ友好独立の方向で話をまとめたのに、それに水を差す生き証人なんだから」
「……うむ」
「まあ今なら帝国に帰っていいかもしれんけどさ。もう御家族も新しい生活始めてるだろうし、遺族年金ももらえてるだろうからってドーラに残ってるの。この辺の事情はプリンスルキウス陛下も大体わかってるから、殉職扱いにしといてあげてね」
「ああ」
言葉少なだな。
「メキスさんに会う?」
「いや、合わせる顔がない。必要もない」
「ん、じゃあ皇宮に送ってくよ」
ルーネにいろいろ聞かれるかもしれんけど、明日のツノオカ行きまでに整理しといてね。




