第2228話:昨日のは叱られても仕方ない
フイィィーンシュパパパッ。
「おっはよー」
「おはようぬ!」
「やあ、精霊使い君。いらっしゃい」
皇宮にやって来た。
いつものサボリ土魔法使い近衛兵の瞳が好奇心を湛えている。
「今日ルーネロッテ様が『アトラスの冒険者』になるという話なんだろう?」
「記念すべき日です、じゃーん! 今から改組される新『アトラスの冒険者』の立ち上げ式があるんだよ。だからルーネとお父ちゃん閣下を迎えに来たの」
「ああ、それでドミティウス様もいらしたのか」
「閣下にも『アトラスの冒険者』はどういうものかってのは、知っててもらいたいしね」
「ルーネロッテ様が所属するとなれば、知りたがるだろうなあ」
ルーネとお父ちゃん閣下はあんまり会話がないみたいだからな。
お父ちゃん閣下を連れていかないと、あとでルーネにしつこく聞いて嫌われるんだろ。
ルーネとともに立ち上げ式に参加すれば、共通の話題ができて嬉しいに違いない。
細かく点数を稼いでおくあたし策士。
「『アトラスの冒険者』はそれなりに猛者が多いんだよ。閣下もこいつならルーネを嫁に出してもいいと思えるような人がいるかもしれない」
「絶対にないだろう、それは」
「絶対にないぬ!」
アハハ。
まあ確かにルーネがドーラの平民に嫁ぐなんてのは似合わねえ。
アグレッシブだけど、どこかお嬢様の雰囲気があるもんな。
「それでルーネロッテ様が神妙なのだ」
「えっ?」
神妙? どゆこと?
『アトラスの冒険者』になれるから浮かれてるんじゃなくて?
「昨日大層恐ろしいことがあったようで」
「……大変よろしくないな。ルーネが神妙ってのはサボリ君にわかっちゃうくらいなんだ?」
「それはまあ」
「じゃ、お父ちゃん閣下には一目でわかるじゃん。ヤバいなー」
「君に話があるそうだぞ?」
「ひっじょーにヤバいなー」
原因は昨日の文官候補と目していた、アドルフの友人の上級ニートどもだろう。
あれは実にむさい連中だった。
あたしもまさかあんなキモさを濃縮させたようなやつらが出てくるとは思わなかったもん。
「昨日のは叱られても仕方ない。あたしも見通しが甘かった。ルーネを危険な目に遭わせてしまった報いは受けよう」
「何事だい?」
「植民地時代のドーラは、元々各地方の自治が強かったんだ。帝国は現在首都のレイノスっていう港町しか押さえてなかったの」
「ふむ?」
「それがいきなり独立したもんだから、中央政府の統治力が弱くてさ。とゆーか役人の数が全然足りてない」
「ドーラの事情はわかったけど、ルーネロッテ様が神妙なのとの関連がわからない」
「もうちょっと聞いててよ。植民地時代、帝国に直接納税して市民権持ってた人達ってのがいるんだ。彼らは裕福で一定以上の教育受けてて、帝国債の配当で暮らしてるから働いてない人が多い」
「つまりそういう人達を役人にしたい?」
「って思うよね? 昨日、お父ちゃん閣下がドーラ政府の偉い人と話してる間に、ルーネを連れてニートどもに会ってきたんだ。勧誘というより、どんな人物か見に行ったって感じ」
「……特に問題はないような」
と思うでしょ?
「付け加えると、彼らはドーラ人とゆーより帝国の臣民って意識が強いから、皇族の人達が来てくれたりしたら大喜びなわけよ」
「さらに問題ないじゃないか」
「ルーネロッテたんすこ! ルーネロッテたんしか勝たん! って大歓迎」
「えっ?」
「ノリの気味悪さが少しは伝わったかな? 教育は受けてるのかもしれんけど、ろくでもないやつらだった。やっぱ人間働いてないのはダメだとゆーことを再認識したよ。で、ルーネもショックだったか、一言も喋んなくなっちゃって」
「お可哀そうに」
「今からあたしがお可哀そうな目に遭いそうだよ。困ったなー」
昨日のはあたしにも責任があるからなー。
近衛兵詰め所に到着。
「おっはよー」
「おはようぬ!」
「ユーラシアさん!」
飛びついてくるルーネとヴィルをぎゅっとする。
よしよし、いい子だね。
チラッとお父ちゃん閣下見たら、羨ましそうだけど怒ってはいないな?
閣下が言う。
「ユーラシア君」
「うん。ごめんなさい」
「何故謝る?」
「昨日ルーネを連れてった場所のこと。ルーネには刺激の強い場所だった。あんなやつらがたむろしていると知ってたらやめといたんだけど」
「いや、それはいいんだ。ルーネロッテも反省しているようだから。いい経験になったろう」
「いいんだ?」
ルーネが反省? 何を?
あれ、いい経験かなあ?
「ユーラシアさん。冒険者活動は楽しいことばかりではないと知りました。厳しいことツラいこともあるのですね」
「えーと、昨日のはあんまり冒険者活動とは関係ないよーな」
「むしろルーネロッテにはユーラシア君の対人交渉力を学んでもらいたいんだ。相手が誰であっても、必ず自分に有利なように話を運ぶだろう?」
「はい。相手の身分や立場に関係なく、自分のペースで話ができるユーラシアさんはすごいと思いました」
「ルーネロッテの対人スキルが未熟なのは予の過保護にも責がある。しかし今からでも遅くないから、ユーラシア君によく教えてもらいなさい。皇族の子女として、今後のルーネロッテに最も重要かつ必要なことだ」
「はい、わかりました!」
おかしなことになったぞ?
ルーネの対人スキルが今後重要になるから磨けというのは、一〇〇%その通りだ。
しかしお父ちゃん閣下からは言外の意図を感じる。
つまり魔物退治するよりも人間相手の方が危険はないから、対人交渉術に重点を置けってことだな?
人間は人間で別種の危険があると思うけど、とにかく人に会ったり話したりする経験をさせれくれ、か。
人脈の形成ってこともあるんだろうな。
りょーかいでーす。
「『アトラスの冒険者』は、道徳的に難ありの人をメンバーにしないっていう選定基準があったんだ。これからルーネはギルドで先輩の話を聞くこともあると思うけど、いい人ばっかりだから楽しいと思うよ」
「一番道徳的に問題があるのはユーラシア君ということか」
「そうそうって、ちがわい!」
「あんまり違わないぬ!」
アハハと笑い合う。
合いの手上手のヴィルをぎゅっとしたろ。
「そろそろ行こうか。準備はいいかな?」
「はい、大丈夫です」
転移の玉を起動、ルーネとお父ちゃん閣下を連れて一旦帰宅する。




