第2226話:真っ当じゃないやつら
「サイナスさん、こんばんはー」
『ああ、こんばんは』
夕食後、毎晩恒例のヴィル通信だ。
「やるべきことをやってこそ真っ当なんだ、ということがよくわかりました」
『どうしたんだ、急に。自分のやってることが真っ当じゃないと、ようやく気付いたのかい?』
「そんなんじゃないわ! あたしのことじゃないわ!』
あたしのやってることはこの上なく真っ当だわ。
お天道様も賞賛しとるわ。
まったくサイナスさんは失礼な。
「一応ドーラ政府は実力者一〇人の合議制ってことになってるじゃん?」
『実情は違うということが真っ当じゃないと言いたいのかい?』
「とゆーか政治家がいないことが、真っ当な国の体をなしてない」
ペペさんやマルーのばっちゃんなんか、全然政治に関与してないし。
まーペペさんが政治に関わっていいことなんか、これっぽっちもないけど。
それぞれの専門分野で働いてくれればいい。
問題は文官不足だ。
『実力と影響力と政治力は違うからな』
「それなー。現実としては、オルムスさんが一人でドーラを支えているようなもん」
『パラキアス氏は?』
「パラキアスさんは政治家じゃないからな。オルムスさんの手の回んない、ドーラにとって不都合な案件を個別に片付けることはできるよ? でもオルムスさんみたいに、中途半端にしか機能しない行政組織を動かせるわけじゃない」
『中途半端にしか機能しない行政組織がよろしくないんじゃないか』
「一番の問題はそこだよね。全く人が足りてない」
帝国みたいに組織なり官僚なりがしっかりしていれば、オルムスさんみたいに自分で全部動かす人じゃなくても統治できるはず。
行政府におゼゼがないことはわかってるけど、とにかく人材の確保におゼゼ使って欲しい。
「とゆーわけで文官が欲しいです」
『問題点がわかってて今まで何もしてなかったのはユーラシアらしくないね』
「戦争をどーにかしたり移民をどーにかしたりする方が優先順位が上なんだもん。ようやく今になって、手をつけられるようになったってことだよ」
ドーラ政府発足当時はマジでおゼゼがなかったので、新たな人員なんか雇えないという事情もあった。
それにクリークさんマックスさんアドルフを送り込んだのはあたしだ。
何もしてなかったわけじゃない。
「とゆーわけで、文官候補生が必要です。即戦力はムリか。ドーラにそんなもんいるわけがない。なるべく即戦力に近い人」
『ある程度教育を受けていて、現在職を持っていない者ということか? 条件を落としたつもりかもしれないけど、いないぞ? どこかから引き抜いてくるのか?』
「連れてくるんじゃなくてさ。レイノスの上級市民いるじゃん?」
『独立前に帝国に直接税金納めてた連中だな? 今はどうなのか知らんが』
「今はドーラ政府に税金納めてるんだよ。他から税金取ってないから公平じゃないし、上級市民が特権意識持つ原因にもなってるからやめさせたい。でもドーラ政府にはただでさえおゼゼがないんで、急にはやめられない」
とゆー事情は置いといて。
「上級市民ってそれなりに教育受けてるし、新聞読んでたり上級市民同士の繋がりあったりするから、時勢にも通じてるんだよ。しかも帝国債の配当金で暮らしてるニートもいたりする」
『ははあ、つまり遊んでる連中を働かせるのか。うまくいくか? 怠けグセついてるとやる気にならないだろう?』
「その辺はどうにでも」
『またどうにでもが出たぞ? 具体的には?』
「よーするに連中は帝国かぶれだから、気持ちのツボをつついてやればいい」
『君の得意技だなあ』
「在ドーラ大使の覚えがめでたいの、帝国で役人は上流階級の仕事だの、リリーやルーネに会わせてやるの」
互いの仕事ぶりでライバル心を煽ってやってもいいしな。
カトマスの昼寝イモムシのように、真のナマケモノではないと見た。
アドルフを羨む気持ちも現状をどうにかしたい気持ちも見て取れた。
手段を与えてやればどうか?
「以前プリンス陛下が在ドーラ大使だった時、お付きにした上級市民ってのがいてさ」
『ああ、覚えてる』
「言ったっけ? アドルフって名前なんだ。最初頼りなかったんだけど、今ではかなり働いてくれてるの。おお、上級市民使えるじゃんっていう意識をあたしは持ってたんだよ。今日の昼までは」
『展開が予想できる』
「予想通りのオチがついて安心っていうエンターテインメントもあるからね。アドルフに歳の近いニートの友人がいるって聞いたんで、早速会いに行くじゃん?」
『相変わらず行動が早いなあ』
「ちょっと時間があったんだよ」
時間がなくて後回しになってることも多いけれども。
「会ってみたらまー、働いたら負けだと思ってるやつらだった」
『複数形か? 皆働く気がない?』
「四人会ったんだ。バリバリ働いてるアドルフを羨ましく思ってるって話だったから、まるで見込みがないってことではないんだよね。でも何とゆーか気持ちが悪い。こんなんが働いてるとドーラの品位が疑われるとゆーか」
『品位についてはごにょごにょな君が言うくらいか』
「あたしは気品の塊だとゆーのに」
サイナスさんは何を言ってるのか。
「皆語尾がおかしくてさ。ヴィルみたいな可愛い語尾じゃなくて、『なり』とか『でぃす』とか。ふざけた言葉遣い通用するのは身内だけだとっとと働け社会を見ろって叫びたくなる」
『これはセーフ』
「でしょ? ルーネなんかルーネロッテたんって崇められてたけど、一言も喋んなかったな。そんな暑い夏の日」
『使いものにならない気がする暑い夏の日』
「帝国から引退した文官が先生として来てくれるかもしれないんだよね。アドルフと同レベルの素養があるなら、数ヶ月鍛えられれば戦力になると思う」
しかし雇う側が雇いたくなるか否かは別の問題だったりする。
『明日新『アトラスの冒険者』の決起式だか壮行会だかに、アレク達を連れていくんだろう?』
「うん。頼んでた転移石碑を設置してもらう」
転移石碑の設置も見てて楽しいしね。
「朝そっちに行くね」
『新『アトラスの冒険者』か……』
「楽しみだねえ。サイナスさん、おやすみなさい」
『ああ、御苦労だったね。おやすみ』
「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」
『はいだぬ!』
明日は新『アトラスの冒険者』の立ち上げだ。




