第2215話:最後にものを言うのは豪腕
「サイナスさん、こんばんはー」
『ああ、こんばんは』
夕食後、毎晩恒例のヴィル通信だ。
「今日、アンヘルモーセンで通貨単位統一に関する三ヶ国外相級会談だったんだ」
『いきなり本題に入ると、却って戸惑うのは何故だろう?』
「あれ? 前フリがサイナスさんの密かな楽しみだとは知らなかった。ごめんね」
飽きさせないために様々なパターンを用意するあたし。
今回は裏目のようだ。
「あたしの思い通りの世界の足音が近付いてくるのだ」
『セリフが詩的なのに、私的な野望に溢れているという指摘』
「あたしらしいでしょ?」
『自分で言うんだもんなあ。予想外の展開にはならなかったのかい?』
シナリオが決まってたからなあ。
天使国アンヘルモーセンは頷くだけだった。
いや、あたしは会談に参加してたわけじゃなかったけど。
「大体草案通りだね。ゴールドの価値で名前がギルになる感じ。あたしがお飾り委員長、ドミティウス閣下が副委員長、本部がドーラに置かれる」
『ふむ、特に反対もなく?』
「うん。午前中だけで和やかな会談だったよ。あたしは会談に顔出してたんじゃなくて、別室で天使達とお肉食べてたんだけど」
『それはそれで楽しそうだな』
「意外なこともあった。新ギルの正式名称はユーラシアギルだって」
『ゴリ押したのか?』
「違うとゆーのに」
だからあたしは話し合いに参加しとらんとゆーのに。
「旧ギルと新ギルで混乱するから、新ギルに正式名称をつけるってことになったんじゃないかな。慣れちゃえばギルでいいんだけどさ」
『それでユーラシアギルか』
「ガリアの王様のアイデアじゃないかと思うんだ。こういう意表を突いたことであたしを喜ばそうとするんだよ」
『感想は?』
「ユーラシアギルの価値が、旧ギルの三倍あるんだよ。ひっじょーに誇らしいね」
『妙なところを誇るなあ。目のつけどころがユーラシアだね』
これは褒められているんだろうか?
サイナスさんの煙に巻く話法は、どーもアウトセーフの判定がしづらい。
「テテュス内海にもう一つ問題国家があることが判明しました」
『どこだ?』
「ツノオカ騎士団領ってとこ」
『知ってる。流れ着いた海賊だか探検家だかが船が壊れてどこにも行けなくなって、自活を始めたとかいう成り立ちの』
「そーなん?」
サイナスさんは博識。
『ああ、一番初めの集落はね。魔物がいてなかなか他所者が入りづらいんだろう?』
「魔物がネックのところは、ドーラに似てるかなと思ったんだけど」
『政治犯やら食い詰め者やらが集まってきて、国って呼べるくらいの規模になったとか』
ドーラより成立の仕方がひどいやんけ。
荒くれ者の国なんじゃないの?
あたしみたいないたいけな乙女に向いた国じゃない気がしてきた。
「それにしてもサイナスさん、よく知ってるね? 国同士の付き合いがないから、あんまり実体がよくわからんって話だったのに」
『いや、たまたまツノオカ騎士団領関係の本を読んだことがあるんだ。今にして思えば、ツノオカに人を呼び集める一種の宣伝本だったのかもしれない』
おおう、本当だとするとテクニカルな方法だな。
でもドーラはドーラで、フィフィの本がいい宣伝になってる気がする。
第二弾第三弾でまたドーラが注目されますように。
「ツノオカってならず者大集合で、よく国としてやっていけてるね。いや、国としての体裁が整ってないドーラに言われたくはないかもしれんけど」
『優秀な指導者がいたようだぞ? 団長と呼ばれた指導者が魔物を敵とし、魔物から土地を解放していく強き者を尊敬せよという国是を定めたんだそうな。国と言えるくらいの規模になったのは、その団長が現れてから』
「ふーん。騎士はどっから来たんだろ?」
『さあな。元々騎士階級だった者がいたのかもしれないが、ごく少数だろう? 支配者階級が騎士を名乗ったんじゃないか?』
「なるほど」
だから騎士団領か。
センスがわからんけど、対外的な体裁かな?
海賊国とかよりも耳触りがいいことは確か。
「あたしにお鉢が回ってきました。ででーん!」
『どういうことだい?』
「ツノオカは周りとあんまり付き合いのない国なんだそーな。でも通貨単位統一で仲間外れにするわけにいかないじゃん? 誰かが話を通さないといけない」
『で、君がお使いか』
「簡単に言うとそう。アンヘルモーセンの外務大臣のヒジノさんっていう人が、若い頃宣教師としてツノオカに行ったことがあるんだって。でも弱き者の言うことは聞いてもらえないみたいよ」
『強き者ユーラシアが言うこと聞かせに行くのか。簡単じゃないか』
「あたしも楽勝な気がするな。とゆーか、そこだけ聞くとあたし向きの国だな?」
あたしやヴィルやルーネは大歓迎してもらえるんじゃないかな。
可愛いし。
お父ちゃん閣下?
どうだか知らん。
「心配なのはどれくらい荒ぶってる国なのかだよなー。予知の天使が言うには、あんまり低くない確率でツノオカが戦争やろうなんて気を起こすらしいの。どうにかしてくれって言われた」
『付き合いがなくて何考えてるかわからない国が不穏な気配か。波乱要素だな』
「あたしも戦争は嫌いだから、言うこと聞いてやることにした」
『面倒な話は全部君のところにやってくる気がするな』
「皆が聖女の美しき御手に縋ろうとするの」
『結局最後にものを言うのは豪腕だということがよくわかる』
ここは盛大にあたしを褒め称える場面だったろーが。
あたしのか弱い細腕を、よりによって豪腕とはどんな言い草だ。
「全然関係ないんだけど、今日天使の話を聞いた限り、どーも天崇教ってのは予知の天使が作ったシステムのようなんだ」
『天使を崇める感情を集めるということだろう? 賢いな』
「いやー、あんまり賢くなくて。『清貧の教え』っていう、贅沢するくらいなら他人に施せみたいな教義を作ってさ。その教義に縛られるせいで、天使は御飯を食べさせてもらえないみたい」
『何だそれ?』
アズラエルがいくら先のことを予見できても、成功ばかりじゃないということだ。
世の中って面白いなあ。
「サイナスさん、おやすみなさい」
『ああ、御苦労だったね。おやすみ』
「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」
『わかったぬ!』
明日はまずフェルペダか。
完成したイシュトバーンさんの絵に驚け。




