第2209話:段階的にひどい
「サイナスさん、こんばんはー」
『ああ、こんばんは』
夕食後、毎晩恒例のヴィル通信だ。
『『氷晶石』ありがとうな』
「いいんだよ。あたしを聖女として崇めてくれれば」
『要求がえぐい』
アハハ。
そーでもないわ。
『メチャクチャ冷たいんだが』
「魔力をちょっとサービスしといた。ちょっとじゃないな。聖女たるあたしの慈悲くらいサービスしといた」
『持ち運びがツラいんだが』
「ちゃんと確認したわ。ヴィルが冷たいと可哀そうだから。運ぶものと触れていなくてもワープできるみたいだね」
『オレのことも配慮してくれ』
魔力量の面では配慮したんだけどな。
手袋使って運んでください。
「今日は楽しかった!」
『今日に限ったことじゃないだろう。ユーラシアは毎日楽しそうじゃないか』
「いや、何ていうか、あたしは他人に気を使わないじゃん? あ、間違った。気を使ってるように見えないじゃん? だから気を使われると嬉しいというか」
『よくわからない』
「施政館でのことなんだけれども」
給料の口座がどうのこうの。
皇帝選のゴタゴタでほにゃらら。
「申し訳ありませんでしたって、えらい低姿勢なの。帝国の大臣だからお貴族様だろうに」
『でも給料の扱いがなおざりなら怒っていいだろ』
「聖女のイメージを崩してまでも怒るべきところなのかな? あたし給料ってもらったことないから、どーも感覚がよくわからんとゆーか。施政館の食事がタダになる感覚はひっじょーによくわかるんだけれども」
同じことしてるのに、ドーラ政府が出さない給料を帝国政府が出してくれてるんだしな?
気分がいいことはいい。
「何か商売しておゼゼをもらうってのはわかる。自動的に口座に給料や年金が積み上がるってのがよくわかんない」
『積み上げときゃいいじゃないか。別に困らないんだから』
「まあ。とにかく気を使ってもらったってゆー事実が嬉しかったの」
『ユーラシアは変なところで嬉しがるなあ』
「ナイーブだからそゆとこ敏感なんだってば」
『ブレイブが何か言ってる』
『ブ』しか合ってないわ。
言ってるのはブレイブじゃなくてセイントだわ。
「って前置きはどこかに捨てて、今日は帝国のデニス封爵大臣とその息子キーファー君ってのを構ってたんだ」
『封爵大臣? 重要なことなのか?』
「いや、『精霊使いユーラシアのサーガ』のメインエピソードからは外れてるね。ただデニスさんにはブタのギレスベルガー子爵家の件でお世話になったじゃん? 借りを作ったよーな気になってたから、返せてよかった」
『封爵大臣の子を遊んでやれっていう用事か』
「ぶっちゃけ子守り案件だね。キーファー君は今年社交界デビューした一三歳の令息」
『ほう?』
「ちょっと面倒な話なんだけど、サイナスさんの理解度に期待する。デニスさんは男爵家の次男で、自分も騎士爵持ってる貴族ね? でも騎士爵は一代限りだから、キーファー君はこのまま行くと平民になっちゃう」
『ついさっき社交界デビューしたって言ってたじゃないか』
そこがな?
「デニスさんも貴族同士の関係とか領地とか爵位とかのプロフェッショナルで、プリンスルキウス陛下やお父ちゃん閣下の信頼が篤いの。今後長いこと大臣を続ける可能性が高いんだそーな。そーすると功績で男爵位を賜るかもしれないんだって」
『ははあ、爵位を得る可能性を封爵大臣本人もわかってるから、息子を社交界にということか』
「みたいだよ。あとからじゃ手遅れになっちゃうからね」
『君みたいにどこへでも潜り込んで行く例外を除けばな』
何となく失礼な気はするが、決定的にアウトなポイントがない気がする。
一応スルーだ。
「デニスさんが男爵様になれるかどうかはわかんない。だったらキーファー君は稼ぐ手段を身につけておかなければならないじゃん?」
『もっともなことだね。ここまで疑問点なし』
「キーファー君は料理人になりたい。デニスさんは宮廷魔道士にさせたいとゆー、方向性の違いがあるの」
『ははあ、君に説得してくれってことか』
「必ずしも言い聞かせろって依頼ではなかったんだけど」
『でも宮廷魔道士になることを承知させたんだろう?』
「うんそお。何でわかるのかな?」
『ユーラシアはいくらデタラメに見えても、勝算があってメリットが大きい方向に動くからな。どう考えたって宮廷魔道士になれるならそっちの方が社会的ステータスが上で、生活も安定することがわかってる』
うむ、サイナスさんの言う通り。
『ユーラシアだって宮廷魔道士の知り合いの方が得だろう?』
「そーなんだけどさ。キーファー君は食べたことのないような料理を作る才能があるんだよね。埋もれるのが惜しいとゆーか」
『ん? 宮廷魔道士になるんだろう?』
「なるけど、宮廷魔道士になるとこういう調理に使える魔道具が作れる。あちこち行く要人のお供すれば様々な料理や食材を知ることができる。築いた人脈は評判や常連に繋がる、みたいな説得の仕方したんだ」
『君好みの料理を食べさせられたんだな?』
「発想が好みだったね。なかなかおいしかったよ」
新しい食材や調味料を斬新に使いこなす貴重な才能なのかもしれない。
キーファー君がずっと料理に対する情熱を持ち続けるなら、あたしが世界各地で仕入れた食材や香辛料調味料を教えてやってもいいのだ。
宮廷魔道士の仕事の方に人生のウェイトを置くようになるなら、それもまたよし。
「お父ちゃんのデニスさんの希望にかなうように、とりあえず宮廷魔道士にはなる。これでデニスさんへの借りは返した。あとは野となれ山となれ」
『おいこら』
「人生に失敗して零落れたら、聖女のあたしが優しい言葉をかけてあげよう。ドーラにおいで、新しい料理の研究をすればいいよ。元宮廷魔道士ならスキルスクロールのチェックもできるし、潰しが利くなあ。あれ? そう考えるとドーラにこそ必要な人材だな。零落れないかな」
『段階的にひどい。えぐさのグラデーション』
今のは我ながらそー思わなくもなかった。
つい本音が漏れちゃった。
「サイナスさん、おやすみなさい」
『ああ、御苦労だったね。おやすみ』
「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」
『はいだぬ!』
明日はアンヘルモーセンで通貨単位統一の会談。
ルーネはマヤリーゼさんとこでお茶会かニヤニヤ。




