第2202話:あたしのお給料
皇帝執務室の扉が開き、二人の男が入ってきた。
総務大臣エックハルトさんと封爵大臣デニスさんだ。
エックハルトさんがすげえ謝ってくる。
「ユーラシア殿、申し訳ありませんでしたっ!」
頭下げ過ぎだわ。
腰直角になってるやないけ。
ぎっくり腰になりそう。
……ぎっくり腰になったらルーネに治してもらおうかな。
「お給料の口座作ってくれたとか聞いたよ」
「はい、施政館会計課で認証を行ってもらえれば、すぐ引き出すことができますので……」
「へー。認証ってどうやればいいの?」
「掌で触るだけで個人識別できる魔道具があります。本来は認証登録を行って口座を開設するものなのですが、まことに申し訳ありませんでしたっ!」
ギルドカードと同じような仕組みだな。
会計課が管理してて、そこ行けば振り込まれた給料は引き落とせると。
口座がもうできてて、あとから認証登録を行うイレギュラーなことになってるってことだね。
「りょーかいでーす。会計課に顔出しまーす」
「平にお許しいただきたく……」
「もういいってば。エックハルトさん、頭上げてよ」
お父ちゃん閣下が意外そうだ。
「ユーラシア君はそれでいいのかい?」
「何が?」
「金勘定に関してはうるさそうだから」
「あたしは施政館でそーゆー認識なのか。ただの事務手続きの話じゃん。あたしは非常勤で毎日施政館にいるわけじゃないし、皇帝選でバタバタしてたことも知ってる。事情はわかるから怒ったりはしないぞ?」
「ちなみにどうしたケースだと怒るんだい?」
「そりゃ誤魔化しやがったとかあたしを甘く見たとかなら魔境行きだよ。ドラゴンのエサになってもらう」
ルーネが喜色満面だし、デニスさんが大きく頷いてるがな。
何で?
「エックハルト、下がっていい。会計課にユーラシア君が訪れることだけ伝えておいてくれ」
「はっ!」
退出するエックハルトさん。
それでお楽しみのデニスさんの用か。
デニスさんが言う。
「ゼンメルワイス侯爵家、バルリング伯爵家、ドレッセル子爵家、ペルレ男爵家の関わる婚約事情の件ですが。ユーラシア殿がゼンメルワイス家のハンネローレ嬢のケガを癒し、ドレッセル子爵家のヤニック殿との間を仲立ちしたというのは事実なんですよね?」
「本当。たまたま画集のモデルの関係で、ハンネローレちゃんと知り合う機会があったんだ。その直後にヤニック君を、どうやらプリンスルキウス陛下に押しつけられたみたいなんだけど?」
ここはあたしも詳しくは知らない部分だ。
プリンスは何考えてたんだろうな?
「すまなかったね。ヤニックの浮ついた気性がどうにかならないかって、ドレッセル家から相談があったんだ。ショック療法を試みるつもりだった。ヤニックもユーラシア君に会えば、絶対に何か得るものがあると思ってね」
「ショック療法だったのか。あれ? でもドレッセル家ではあたしをヤニック君の嫁として、プリンスから紹介されたみたいな言い方だったぞ?」
「予にはそんなつもりはなかったんだが」
行き違いというか、ドレッセル家側の拡大解釈だったのか。
ヤニック君は面白いやつではあるけれども、あたしとしては得るものはなかったなあ。
将来的にもハンネローレちゃんの旦那さん、ビアンカちゃんの兄ちゃん以上の扱いにはなんないと思う。
「ヤニックとハンネローレ嬢との婚約は予も意外だったんだ。どういうことだい?」
「ハンネローレちゃんがケガして表に出てこなかった間もずっと、ヤニック君はハンネローレちゃんにファンレターを送り続けてたんだそーな。だからハンネローレちゃんはヤニック君に好意を持ってたの。話を持ってったらすぐ決まった」
「バルリング伯爵家のグスタフ殿が封爵省に怒鳴り込んできたんですよ。ビアンカ嬢との婚約破棄の件では、ドレッセル家に慰謝料を支払ったはずだ。我が家とゼンメルワイス家の間にヒビを入れ、息子エリアスの婚約を邪魔するのは何故だと。もちろん封爵省は関与どころか、その時点で何も把握していなかったわけですが」
ハハッ、グスタフさんったら封爵省にも咬みついたのか。
全力で家を立て直したいっていう思いを感じるなあ。
「バルリング伯爵家A太の邪魔をする格好になっちゃったのは偶然だよ。グスタフさんは情報を得るのがやたらと早くてさ。ハンネローレちゃんの足が治ったことを知って、もう一度息子A太の婚約者にってすぐ動き出したらしいんだ。けどその時既にヤニック君との話が進んでたから、頭カーッときたんだと思う。まーあたしもペルレ男爵家おっぱいピンクブロンドに目がくらんで、とゆーか鼻の下を思いっきり伸ばしてビアンカちゃんを袖にした、バルリング家A太は気に入らないけれども」
「そのペルレ男爵家マイケ嬢ですが」
一旦言葉を切るデニスさん。
おっぱいピンクブロンドがどうした?
「バルリング伯爵家とペルレ男爵家が急接近なのです。エリアス様がマイケ嬢に婿入りするのではないかという観測が出ています」
「あれ? A太って嫡男って話じゃなかったっけ。婿入り?」
「弟がおりますので、そちらに継がせるつもりなのでしょう。グスタフ殿はエリアス殿を次期当主に相応しくないと見切り、一方でペルレ男爵家はバルリング伯爵家との結びつきを強めたいとの思惑なのでは」
「ふーん。A太はおっぱいピンクブロンドにメロメロだから、文句言わないかもしれないな」
状況が急激に変わってきている。
あたしも今日情報を仕入れられてよかったな。
「バルリング家とペルレ家が急接近した理由がわからないのですよ。当主同士が乗り気でしょう? 地縁や惚れた腫れただけでは説明できなくてですね」
「あっ、それは知ってる。ペルレ男爵家領でガラス産業を興そうとしてるんだ。バルリング伯爵家領で取れる砂が材料にいいんだって。もっと言うと、東のキールが帝国直轄領になると東方貿易が活発化するじゃん? 両家はこの波に乗りたいの。バルリング家は自領の港を有効に活用するために出荷できるものを増やしたい、ペルレ家はバルリング家に便宜を図ってもらいたい、ってことだよ」
「なるほどの経緯ですね」
A太とおっぱいピンクブロンドがくっつきそうな気配なのか。
おっぱいピンクブロンドならうまく乗りこなしそう。
A太はウマ扱いだわ。




