第2199話:面白いこと教えてあげる
「サイナスさん、こんばんはー」
『ああ、こんばんは』
夕食後、毎晩恒例のヴィル通信だ。
『今日はすまなかったね。移民の皆も喜んでたよ』
「よかった。聖女なあたしは御満悦です」
『最近聖女アピールが多くないか?』
「あたしは帝国とガリア公認の聖女だとゆーのに、誰も聖女だと尊んでくれないんだよ。仕方なく自己アピールしてるんだけど、サイナスさんはこの理不尽な状況についてどう思う?」
『聖女にしては神聖さが欠けるからじゃないか?』
「ズバッとゆーな」
ストレートな答えが聞きたかったんじゃないやい。
あたしもちょっと自覚してるわ。
もうちょっと持ち上げて欲しかったんだい。
「今日最後まで見届けらんなかったからさ。焼き肉なしでも皆さんが満足できたかどうか、少し気になってたんだ」
『忙しかったのかい?』
「メッチャ忙しかったわけではないな。細かい仕事を片付ける予定だったというか。ところでサイナスさんに面白いこと教えてあげる」
『何だい?』
「むこうの世界は亜空間を超えてあちこちへ行くからか、自分の世界に名前をつけてるんだよ。『アガルタ』っていう」
『ほう?』
「で、当然こっちの世界にも名前をつけてるんだよね。それが何と『ユーラシア』っていうの」
『……何となく納得できるのが悔しい』
悔しいってどーゆーことだ。
素直にあたしを崇めろ。
「『全てを知る者』アリスのとこ行って話聞いてたら、たわわ姫のことを『ユーラシア』の女神って呼ぶじゃん? ムズムズしちゃって」
『ユーラシアという世界の呼称は、汎神教の地母神の名から取られたのかい?』
「多分。あたしの名前も地母神ユーラシアから取られたんだよねえ?」
『そうだろうな』
「つまりあたしの世界だ!」
『強引な三段論法がえぐい』
あたしの世界だと思えば愛着も湧く。
頑張っていい世界にしよっと。
『……何だかんだでユーラシアは、世界の王に相応しいだけの働きをしていると思うんだ』
「よーやくサイナスさんもあたしを崇拝する気になったか。よきにはからえ」
『これさえなければなあ』
あるからあたしなんだとゆーのに。
ハハッ、サイナスさんを認めさせたと思うと気分がいいな。
今日はゆっくり眠れるわ。
違った、今日もゆっくり眠れるわ。
『エメリッヒ氏が感謝してたぞ。『氷晶石』がありがたいって』
「魔境で見つけてストックしてたやつなんだ。前にお肉が悪くならないために使ってたんだけど、最近は聖風樹の箱があるからあんまり使ってないんだよね。暑い日に寝る時枕元に置いとくくらい」
『以前にもらった『氷晶石』は保存小屋で使ってるよ』
「有効に使ってもらえると聖女で女神のあたしは嬉しいよ」
『アハハ、何だそれ? 『氷晶石』はいくつか持ってるんだな?』
「あるよ。将来氷室や低温調理に使おうと思ってるから、たくさんはあげられないけど」
『夏の間貸してくれないか? 以前にもらったくらいの大きさなら、六~八個くらいあるとありがたい』
「貸すのは全然構わないよ。何に使うの?」
『ショップが暑くてね。少しでも冷えるといいから』
「ああ、なるほど。わかった。明日ヴィルに持ってってもらうね」
現在使えていない資産を使ってもらうのは良いことなのだ。
「今日は午後にガータンへ行ってきたんだ」
『ん? 跳躍話法だな?』
「まあそう。手持ちの黒妖石が少なくなってきたから回収しに」
『ここまで正当な理由』
サイナスさんは何を言ってるのだ。
最後まで正当な理由だわ。
「で、ガータンの新男爵ヘルムート君はリリーと相思相愛だから、リリーも連れてくじゃん?」
『おかしくなってきたぞ? それで皇女殿下を巡る事件が起きちゃうわけか?』
「うーん、あたしも二人のラブシーンを堪能するために、わざわざリリーを連れていったんだよ。ところが思ったように展開しなかったとゆーか」
『平穏無事だったのか? ユーラシアが絡んでるのに?』
「あたしが絡んでるからトラブル起きちゃうみたいな言い方はスルーするけれども」
あたしのスルースキルに感謝しろ。
「ガータンで人食いクマが出ちゃってて、二人も亡くなってるの。問題になっててさ」
『えっ? 一大事じゃないか』
「結構な事件だわ。こっちが何か起きないかなニヤニヤと思って用意した舞台が使われなくて、違う舞台が用意されちゃう理不尽さ」
『知らないよ』
「つれないなー」
まーでもヘルムート君とリリーがゆっくり話できたみたいだからいいのだ。
納得いかないのはクマ退治なんかのせいで、その話を聞けなかったことだ。
「黄の民のイヌの事件も同じだけど、魔物と違って魔物除けが効かないじゃん? 対応が実力で排除するしかないから、案外面倒だなと思った」
『君が退治に向かったんだな?』
「聖女の出番だね。ところでサイナスさんに面白いこと教えてあげる」
『またかい? 何だ?』
「その人食いクマにナイスバディだって褒められたんだ」
『おめでとう。クマとも普通に意思疎通できるんだな?』
「言われてみると、ふつーにクマが何言いたいか理解できたな。意識してなかったけれども」
『無意識コミュニケーションがえぐい』
前は動物の言ってることが何となくわかるくらいだったのが、最近は完全に話せるような気がする。
やっぱ同じレベルカンストでも、レベル九九と一五〇では違うな。
「でもさ。クマのナイスバディって、肉質のことを指すんだそーな」
『完全に捕食者目線じゃないか』
「人食いクマさんなので、その辺は基本に忠実とゆーかセオリー通りとゆーか」
『呆れたもんだね。で? クマ目線でユーラシアはおいしいってことを言いたかったのかい?』
「いやん。そーでなくて、人食いクマさんもナイスバディでした」
『食べたんかい!』
食べるに決まってるだろ。
お肉だもん。
「肉食獣って一般においしくないとゆー話じゃん? 人を食べるほどのグルメなクマは不味いかなと思ったら、あにはからんや。クマ特有の臭みはあるけど、おいしくいただけました。満足です」
四日前にいただいたパンダもそうだが、クマの類は旨みが強い。
特に今は夏で、食べるものが比較的豊富だからかもしれないな。
「サイナスさん、おやすみなさい」
『ああ、御苦労だったね。おやすみ』
「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」
『了解だぬ!』
明日は施政館。




