第2193話:パスワード『アガルタ』
――――――――――三三一日目。
フイィィーンシュパパパッ。
「アリスー、おっはよー」
「おはようぬ!」
「あら、いらっしゃい」
本の世界にやって来た。
表情は変わらないけど、マスターの金髪人形アリスは喜んでいる。
アリスもぎゅーしてやるべきかな?
「今日もお肉なの?」
「そうそう。昨日も今日もお肉なの。大量にお肉を入手できる場所があってすごく嬉しい乙女心」
「それ、あなたの感想ですよね? 乙女心ではなく」
「あたしの感想イコール世の中の真理だねえ」
アハハと笑い合う。
いや、狩り尽くす心配のないお肉のゲットゾーンって、マジに幸せだぞ?
一年前には考えられなかったことだ。
これもあたしが『アトラスの冒険者』になれたおかげ。
「『アトラスの冒険者』でいられる期間も残り一ヶ月と少しかー。何となく寂しくなっちゃう乙女心」
「そうね……」
「あ、この乙女心は共感してもらえるんだな。向こうの世界、『アガルタ』だっけ?」
「『アガルタ』を御存じですのね? では私も話せる情報が多くなりますよ」
「えっ?」
アリスは『アトラスの冒険者』に関する情報その他で、話せないことがあった。
しかし元々向こうの世界のデータベースなら、話さない情報があっては『アガルタ』の住人にとって不都合なはずだ。
おそらくは何らかの原因で『アガルタ』以外の人間が本の世界に辿り着いた時、不用意な情報を流さないために、アリスが喋る内容にはプロテクトがかけられていた。
そのプロテクトを外すパスワードが『アガルタ』だったのか。
なるほど半分ラッキー半分!
アリスから得られる情報に、今までアンタッチャブルだった『アガルタ』と『アトラスの冒険者』関係が増えるぞ!
「『アガルタ』の神様いるじゃん?」
「レスリエイ・バー・ベンテリーですね」
「どんな人? こっちの世界の女神たわわ姫とは仲悪いみたいだけど」
アリスが笑っているように見える。
「いえ、『ユーラシア』の女神プセウドトルンカテラ・エフ・アルビフロラと仲が悪いわけではなく……」
「『ユーラシア』の女神って響きは実にこそばゆいな。仲が悪いんじゃないんだ?」
「レスリエイはプセウドトルンカテラの気を引きたがっているのです」
「ははあ? 向こうの神様男神なのか。たわわ姫美人だもんな」
「自分が優秀であることを、プセウドトルンカテラにこれ見よがしにアピールしています」
「それをたわわ姫に嫌味だウザいと思われちゃってるんだな?」
バッカでえ。
しかし自分の成績を守るために技術を囲い込もうとするようなちっちゃいやつだ。
全く応援してやる気になれないわ。
「確認するけど、『アガルタ』の神様は、技術を流出させないように向こうの世界を閉じようとしてるってことだよね?」
「そうです」
「『アトラスの冒険者』も廃止することも、『アガルタ』の神様の意志なん?」
「いえ、『アトラスの冒険者』廃止は、必ずしもレスリエイの意志ではありません。プセウドトルンカテラの要求を入れてということもあります」
「むーん?」
『アガルタ』の神様は『アトラスの冒険者』廃止自体に積極的ではなかったのか。
おそらくはボーナス案件だったから。
たわわ姫が『アガルタ』の干渉を嫌って、『アトラスの冒険者』の廃止を持ちかけた。
その提案は向こうの神様の考えに必ずしも反するものではなく、『アガルタ』住民の方針も『アトラスの冒険者』廃止に傾いていた。
だからたわわ姫の言う通りにすれば関心を引けると考えて、廃止に同意した。
「……『アトラスの冒険者』を廃止すりゃ、こっちの世界の発展が停滞すると考えたんだな? それでたわわ姫が困ったら、手を貸して恩を着せる腹づもりだったに違いない」
「思惑については、私よくわかりませんけれど」
「いや、おぼろげだった輪郭が形になってきたよ」
『アガルタ』の神様は、異文化の導入でこっちの世界の発展が加速することを知った。
あるいはたわわ姫が調子がいいとかって、自慢したからかもしれない。
だから『アトラスの冒険者』の廃止を機に、技術や人員の引き上げに固執してるんだろう。
そーはいくか。
「『アガルタ』っていう向こうの世界の名前は、この前副評議長マリボイラさんに会った時、初めて聞いたんだ。ひょっとしてこっちの人間には教えちゃいけないことなのかな?」
「『アトラスの冒険者』の内規では禁止されておりますよ」
「やっぱり。マリボイラさんは『アトラスの冒険者』の関係者じゃないから知らなかったんだろうな」
本の世界のパスワードになってる言葉だ。
『アトラスの冒険者』のクエストが自動収集になってる以上、本の世界のクエストが振られることも可能性としては考慮されていただろう。
だから『アトラスの冒険者』は『アガルタ』を口外禁止ワードにしていた。
でもこの前バエちゃんは、マリボイラさんが『アガルタ』って言ってても驚いてなかった。
何で言っちゃいけないかという知識が失われているのかも。
「段々わかってきたことが多くなったわ。面白くなってきたな。『アトラスの冒険者』本部所長エンジェルさんって今どうしてるのかな?」
「てんてこ舞いです。『アトラスの冒険者』の残務処理に加えて、娘が逃げ出した旧王族であることが判明し、市民を巻き込んだ大変な騒ぎになっています」
「ハハッ、計算通りだな。エンジェルさんはいずれエルを取り返しに来ると思うんだ。その辺のことでわかることない?」
「腹心の部下に命じて準備を進めさせているとしか。具体的な情報は何もありません」
「ふーん、準備を任せられる部下がいるのか」
じゃあ時間切れで攻めてこないってことはないな。
準備を進めさせているくらいの段階ならば、早期に電撃的に攻めてくる可能性も低い。
『アトラスの冒険者』廃止ギリギリの時点で来る?
チラッとアリスを見る。
もう一つ知りたいのは、無乳エンジェルの思惑だ。
『アガルタ』の神様が技術を流出させないために、エルを取り返そうとするのはわかる。
無乳エンジェルは何を考えているんだろう?
エルを連れ戻してメリットなんかあるのかな?
「あたしの考えも大分まとまってきたよ」
「そう、よかったわ」
「さて、肉狩りするべえ。愛してるぞアリス!」
「愛してるぬ!」
「まっ!」
お肉お肉っと。




