第2190話:物事は正確に記憶しよう
フイィィーンシュパパパッ。
「こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
「おう、君達か」
イシュトバーンさんを送って肉狩りをしたあと、ルーネビバちゃんを連れてモイワチャッカにやって来た。
ビバちゃんったら寂しいらしくて、ウジウジゴネるんだもん。
つい連れてきてしまった。
まーぴー子はえらく人馴れしてるガルーダだから、大勢で遊んでやった方が嬉しいだろ。
隻腕の傭兵隊長カムイさんがいる。
「両殿下もよくいらっしゃいました」
「ビバちゃんがまたぴー子につつかれたいんだって」
「つつかれたくはないのですわっ!」
「ビバちゃんの願望を満たすフラグを立てたった」
「そんな願望はないっ!」
アハハと笑い合う。
「ぴい!」
「よしよし、待たせちゃってごめんね。エサあげようね」
◇
「それにしてもでっかくなったなー」
はぐはぐエサを食べているぴー子を見ながらの感想だ。
カムイ隊長も感慨深げに言う。
「もう完全に成鳥サイズだ」
「隊長さん最近大体ここにいるやん。何でなん? 忙しいんじゃないの?」
「まあぴー子が鳴くからということもある」
デカいなりして甘えんぼだからな。
可愛いやつめ
巣立ちまであと一ヶ月くらいか。
ぴー子は巣立ったらどうやって暮らしていくんだろ?
余計なお世話かもしれんけど、心配になるなあ。
これが親バカの気持ち?
「各地からの報告がオンネカムへ上がってくるんでね。動く必要がないということもある」
「あ、便利なシステムになってるな」
「いや、皆がぴー子を見たいらしくてな。自然とそうなった。エサを狩ってきてくれる者もいる」
「そーか。ぴー子は愛されてるねえ」
「ぴい!」
食べ終わったか。
満足げだな。
ぴー子を見たいってのもよくわかる。
好奇心旺盛な目をしてるしいつも機嫌がいいし、愛嬌があるもんな。
「ぴー子がずっとこのままタンネトかオンネカムにいてくれるなら、観光資源としても有望だねえ」
「金儲けの話か?」
「まあ」
戦争がなくなったって、どうやって収入を得るかの話は重要だからね。
ドーラもグリフォンを卵から孵したら飼えるかなあ?
「ビバちゃん。この前もう一つ仲良くなりきれなかったから、ぴー子に挨拶しとく?」
「だ、大丈夫ですの? この前みたいにつつかれたりしない?」
「ぴー子はお約束のわかってる賢い子だから、絶対つついたりしないぞ?」
「ぴい!」
「ほら、ちゃんと返事した」
「そ、そう?」
恐々近付くビバちゃんをぱくっとくわえて高々と持ち上げるぴー子。
「ひやあああ!」
「そー来たか。やるなぴー子。実に賢いわ」
ぐるっと振り回してから、そっとビバちゃんを降ろすぴー子。
メッチャドヤ顔。
ルーネとヴィルが拍手しとるわ。
「ぴい!」
「よしよし、大変よくできました。あんたはいい子だね」
吠えるビバちゃん。
「な、何もしないって言ったじゃないの!」
「物事は正確に記憶しようか。あたしは何もしないなんて言ってない。絶対につついたりしないって言ったんだぞ?」
「同じことだわ!」
「全然違うわ。でも貴重な体験だったね。ガルーダにくわえられて命があった人間なんて、世界中探してもそういないと思う」
「ひああ!」
ビバちゃんの変な踊り出ました。
……この踊りは技術的に大したもんだとは思わないけど、見てると不安になってくるんだよな。
心に訴えかけるものがあるってことなのかしらん?
アートの分野はよくわからん。
「どうして私ばっかり!」
「エンターテインメントにはボケとツッコミというものがあるんだよ。ビバちゃんはボケの才能があるじゃん? だからどーしても餌食になっちゃう」
あたしも人間お手玉する時、いい音の出るやつを無意識に選ぶしな。
ぴー子だってビバちゃんを寄越せって顔してたわ。
「ユーラシアさん、私もぴー子にくわえられたいです」
「ほらほら、ルーネだってこう言ってるでしょ? アトラクションとして面白そーだから」
「全く納得いきませんけれども!」
「一方でぴー子はもうやり切ったって顔してるじゃん? だからまことに残念ながら、ルーネをくわえて持ち上げるってことはないんだな。同じ場で同じ芸を披露しないという、強い拘りを感じる」
ぴー子なりのプライドがあるのかもしれないな。
繰り返しのギャグってのもあるんだが、教えた方がいいか?
カムイ隊長が言う。
「モイワチャッカとピラウチの顔合わせだが、来月の五日に行うことになった。場所は変わらずタンネトだ」
「予定よりちょっと遅くなったね」
「問題はないか?」
「あたしは全然大丈夫だよ。ビバちゃんとルーネはどう?」
「私も問題ありませんわ。楽しみにしておりますわ」
「私も特には」
「グラディウスさんとお父ちゃん閣下に日を伝えといてね」
グラディウスさんとお父ちゃん閣下の予定はわからん。
しかし仮に都合が悪くても、ビバちゃんとルーネとあたしが出席できるなら、帝国とフェルペダからオブザーバーを派遣するという最低限の格好はつけられる。
会談に支障はあるまい。
「そーだ、ビバちゃんの婚約者がほぼ決まりになった」
「ほう、そうか。おめでとうございます」
「お相手は宰相グラディウスさんの息子」
「何……ああ、覚えている。確かサラマンダとかいう」
「そうそう、その人。なかなかやる人だよ」
「グラディウスさんの子なら、ひとかどの人物だろうな。フェルペダも安泰だろう」
「ところがビバちゃんのやらかしが半端ないから、簡単に安泰って言えないんだよなー」
「安泰な生活カモン!」
アハハ、また変な踊り出ました。
「これはフェルペダでは広まっている話なのか?」
「いや、まだなんだ。二ヶ月以内に正式発表したいって言ってたけど」
「決定と思っていいんだな?」
「少なくとも陛下が『グラディウスの息子サラマンダをビヴァの配偶者とする』と言ったのは本当。よほどのことがない限り撤回されはしないな」
王様の言葉は重いから。
「了解だ」
「ビバちゃん、あれ以降、婚約か婚約者の話って出てる?」
「何も。本当に驚くくらい何の話も出ませんのよ。どうしてかしら?」
「水面下で根回しが進んでるんだろうな」
「そーだね。喋っていい場面はごく限られるから、自信がなきゃ知らんぷりしててね」
「わかったわ」
「よーし、じゃあ帰ろうか」
「バイバイぬ!」
「ぴい!」
転移の玉を起動して帰宅する。




