第2149話:聖風樹と世界樹
「こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
魔道研究所へやって来た。
ここは何の実験やってるかわからんからな。
単なる連絡でもヴィルを飛ばすのは危ない気がするので、なるべくやんないようにしている。
ラウンジまでなら大丈夫だろうけど。
ラウンジには何人か宮廷魔道士がいた。
その内の一人が声をかけてくる。
「よう、ユーラシアさんか。ドルゴスさん呼んでくりゃいいかい?」
「いや、マーク君呼んでくれる?」
「ん? あんたが持ってるの、魔道研究所の書式のレポートだな?」
「そうそう。ヴォルヴァヘイムの近くの魔力濃度を計ってっていう調査があってさ。報告書の署名がマーク君になってるんだ」
「へえ、ヴォルヴァヘイムか」
さすがに宮廷魔導士ともなると、ヴォルヴァヘイムには興味をそそられるようだ。
魔力的に偏ってるところだし、未知のことも多いしな。
「わかったぜ。ちょっと待ってな」
「お願いしまーす」
◇
「サムさん、こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
「これはユーラシア殿、マーク殿」
うちの子達とマーク青年を連れてヴォルヴァヘイムにやって来た。
ヴォルヴァヘイムの守衛サムさんとマーク青年は面識があるみたいだな。
おそらくマーク青年が魔力濃度を計測しにきた時に知り合ったんだろう。
「それが?」
「聖風樹の苗だよ」
「おお、希望の苗か!」
「うーん、希望と言うには早いんだけど。希望の希望、くらい?」
「いや、十分だ。何の指針もない時に比べればな」
サムさんはヴォルヴァヘイム近辺に巨大魔物が出現しなくなることを望んでいる。
聖風樹を植えることによって不規則な魔力溜まりが発生しなくなれば、巨大魔物が出現する確率もぐんと減ると考えられるが?
いい方にいい方に考えちゃってる仮説なんだよな。
「まーでも聖風樹を植えて育つかがわからんし、どれくらいの量の魔力を吸うのか何本植えればいいのかも不明だし、そもそも聖風樹を植えれば効果があるのかすら知られてないしな」
「聖風樹が育ちさえすれば、魔力濃度の安定に寄与することだけは間違いないですよ」
「あれっ? クララ……あ、そーか。サムのおっちゃんもマーク君も『精霊の友』だからか。珍しいケースだな」
灰の民以外の『精霊の友』が二人もいるのは初めてだ。
うちの子達にとっては、今日はいい環境だな。
「とにかく地中の魔力濃度が一番高そうなところに植えとこうか」
「うむ、間違いなさそうだな」
「こっちですよ」
マーク青年の魔力濃度調査結果の地図を基にチェックする。
ふむ、やはり過去に巨大魔物の出現記録がある場所だな。
マーク青年は最初どこに植えるって決めてたみたいだ。
えっさほいさと穴を掘り、二ヒロくらいの間隔で聖風樹の苗を植えていく。
「よーし、バッチリだ! 無事根がつきますように!」
「楽しみだなあ。普通に水をかければいいんだろ?」
「それでいいです。よろしくお願いします」
「ユーラシアさん、育つことが確認できたらまた苗作っておいてくださいよ」
「りょーかーい。育つ育たないに拘らず、一〇本は苗作っとくね。場所がちょっと変わるとうまく根付くのかもしれないし」
試行錯誤が必要なのかもしれない。
植樹に失敗しても、場所を変えてやってみるべし。
「うちの畑番は優秀なんだけどさ。聖風樹の苗を作るのはいっぺんに一〇本が限度だな。それ以上は魔力のキャパシティがなくてさ」
「難しいものなのだな」
「細かい魔力の管理ができるのはすごいことですよ」
うむ、カカシはすごいのだ。
試験的に植えるには一回で一〇本ってちょうどいい数じゃないかな。
一〇本ずつでもしばらく続けりゃ結構な数になるだろ。
ん? ダンテアトムどうした?
「ボス、プラントは聖風樹じゃないとダメね?」
「えっ、どゆこと?」
「世界樹でもいいなら、もっと簡単でやすぜ」
「「世界樹?」」
世界樹のワードに反応するサムさんとマーク青年。
世界樹は有名だからなあ。
「世界樹とは、世界に一本だけあるというバカデカい木? 伝説の?」
「伝説じゃなくて、マジでドーラにあるんだよ。トネリコっていう木の変種って言ってたな。魔力を溜め込んでどんどん大きくなる性質があるの。ある程度魔力環境の安定化に役立ちそうではあるけど」
「ふうん、一度見てみたいな」
「あ、今はないんだ。去年ドーラの魔道士が呪文撃ち損なって、根元から折っちゃったの」
「「ええっ?」」
あたしの方を疑いの目で見んな。
これに関してはあたし関係ないわ。
でも世界樹はドーラの観光名所になり得たのか。
でっかくなるのに何年くらいかかるんだろ?
「いや、折れた世界樹の枝を挿しといたらすぐ根付いたんだよ。今でも次の世界樹候補はたくさん生えててさ。特にドーラの魔力環境については心配ない。世界樹は魔力濃度の高いところなら問題なく育つんだけど……」
チラッとクララ見たら首振ってる。
やっぱムリだよね。
「でも世界樹ここに植えたってダメだな。あれは魔力を奪い合って結局最後に一本しか残らないんだ。とゆーことは魔力濃度にムラができるから、魔力溜まりもふつーに発生しちゃう。世界樹生えてる現地でもドラゴンくらいの魔物はいるんだよ。世界樹が魔力を吸う分、神話級みたいな超巨大な魔物が出現することは避けられるかもしれないけど、それ以下の魔物は出ちゃうだろうなあ、とあたしは思う」
「……神話級でなくとも、ドラゴンと言えば大変な脅威だ」
「大体こんなとこに世界樹生えてたら邪魔でしょうがない」
残念ではあるけど、これは仕方ない。
世界樹を植えるアイデアはないな。
マーク君が言う。
「他に魔力管理に役立ちそうな植物はありませんか?」
「うーん、各種のステータスアップ薬草は、生育に魔力濃度が関係するよ。中でも凄草は魔力の濃度をかなり必要とする。でもステータスアップ薬草はただ濃度が高きゃいいわけじゃなくて、生育できる魔力濃度が厳密って感じ。管理には向かないだろうな。あたし達が知ってる魔力濃度が生育に関係する植物ってそれだけ」
世界中探せばまだ色々ありそうではあるが。
「聖風樹が育つならベストだよ。木材として優秀だもん。おまけに弱い聖属性があるから、魔物除けにもなる」
「嫌な感じがするぬよ?」
「うむ、また聖風樹の苗をよろしく頼む」
「あいあいさー」




