第2138話:エルマタックル
フイィィーンシュパパパッ。
「アルアさん、こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
「はいよ。アンタはいつも元気だね」
アトムとヴィルを連れてアルアさんのパワーカード工房にやって来た。
特別用があるわけじゃないけど、今月分の『ウォームプレート』と『クールプレート』の製作進捗は聞いておきたいしな。
素材もマメに持ってこなくてはならない。
「お姉さまっ!」
「御主人!」
「おおう」
エルマが飛びついてきた。
ついでにヴィルも。
何なんだあんた達はもー。
「どうしたの?」
「何となくです」
「何となくだぬ!」
「何となくだったか。可愛いやつらめ」
ぎゅっとしたろ。
最近ハグの機会が増えた気がするな?
レベルが一〇〇を超えてあたしの魅力が爆発しているからか、それとも『魔魅』の固有能力の副作用なのか。
はたまたただの偶然か?
「でも自分のレべルは把握してないとダメだぞ? 迂闊にタックルすると相手をすっ飛ばしちゃうからね」
露骨に目を逸らすエルマ。
あれ、心当たりある?
「……実はお父さまを飛ばしてしまいまして」
「事後だったかー。ま、過ちは誰にでもあるもんだ。エンターテインメントとして消化できるかは修行次第だよ」
「エンターテインメントですか?」
「芸の道は険しく遠いのだ」
「険しく遠いぬよ?」
アハハと笑い合う。
でもすっ飛ばしちゃったとしても、エルマならどうにでもなるわな。
持ちスキル多いし、慎重派だからポーションも蘇生薬も持ってるだろうし。
アルアさんが言う。
「素材を換金していくかい?」
「お願いしまーす」
残り交換ポイントは五二三三となる。
「今月分の『ウォームプレート』と『クールプレート』は完成してるよ。納品できるがどうする?」
「ありがとう、もらっていきまーす」
おゼゼを支払う。
よし、用は終わったな。
エルマがおずおずと聞いてくる。
「あの、ダンさんに伺ったんですが」
「何をだろ?」
『アトラスの冒険者』廃止についてはもう知ってるはずだし?
「『アトラスの冒険者』本部から冒険者個人にアプローチがあるかもしれない。うまいこと言われるだろうけど、『アトラスの冒険者』の廃止は決定済みで覆らない。怪しいと思ったら、口だけ従ってるように見せておけと」
「スパイ勧誘の件か。うん、対応については面従腹背でいい。難しい言葉に知性が現れちゃったわ」
あれ、笑う雰囲気にならなかった。
滑ったみたいでもやっとする。
「エルマのところにも本部の人来た?」
「いいえ、来ていませんけれども、どういうことなのかと思って」
確かに本部からのアプローチがあるかもだけじゃわけわからんか。
「『アトラスの冒険者』本部も一枚岩じゃないんだ」
「『アトラスの冒険者』廃止に反対している一派もあるということですか?」
「いや、廃止は決まってるの。『アトラスの冒険者』って異世界の出先機関でさ」
「異世界といいますと?」
「亜空間で隔たれた別の世界ってこと。ドーラやカル帝国はこっちの世界、『アトラスの冒険者』の本部は向こうの世界」
「はー」
突然話が大きくなってごめんよ。
でもあたしのせいじゃない。
単なる事実。
「一〇〇年ちょっと前かな。向こうの世界を支配してた王族がこっちの世界に追放されたんだ。追放者達を監視するのが『アトラスの冒険者』」
「そうなのかい?」
アルアさんも関心があるようだ。
全部知っててくださいな。
「こっちの世界に追放された王族ってのが、ドーラで言う赤眼族だよ。もう向こうの世界にとって赤眼族の危険性がなくなったからとゆーのが、『アトラスの冒険者』が廃止される理由の一つなんだ」
「なるほどね」
「ところが現在の『アトラスの冒険者』の本部所長エンジェルさんの娘が、旧王族の血を引いてるんだそーな。その娘が塔の村の精霊使いエル」
「エルさんが?」
「あ、エルのことは知ってたか。旧王族の血を引くというのは結構なスキャンダルで、向こうの世界は揉めちゃってるんだ。ただ放っとくとエルは向こうの世界に連れ戻されちゃう。あたしはそれを止めたい」
「エルさん、可哀そうですものね」
「エルをこっちの世界に召喚したのは塔の村の村長デス爺で、精霊使いとして役立てたいってだけだったんだけどさ。エルはこっちで楽しそうだし、向こう帰ったって幽閉とかになりそうじゃん? 友達が不幸になるのは見過ごせない」
頷くアルアさんとエルマ。
「本部はエルを捕らえるために情報を集めようとしたり、『アトラスの冒険者』の構成員を切り崩そうとしたりする。実際にソル君のところには異世界人が接触しに来てるんだ。協力者を装って、エルについてのどうでもいい情報を大量に流してもらってる」
「お姉さまは動いていらっしゃるんですねえ」
「まあね。だからエルの肩を持ちたいなら『アトラスの冒険者』本部に対してはのらりくらりでいてねという、ダンの提案に乗ってってことになるんだ」
「よくわかりました」
「これ知りたい人には言っちゃっていいよ。けど本部に知られると思わぬ方向から攻撃されそーな気がするから、口止めはしといてね」
「はい」
アルアさんが言う。
「アンタ、『アトラスの冒険者』来月末の廃止予定が少し繰り上がるんじゃないかって、前回来た時に言ってたろう? 根拠があるのかい?」
「向こうの世界で転移転送と亜空間超越移動を扱ってるのは、『アトラスの冒険者』だけなんだって。亜空間超越移動は、『アトラスの冒険者』廃止に伴って行われなくなるそーで」
「……となると精霊使いエルを取り戻そうとするなら、『アトラスの冒険者』廃止までにアクションを起こす?」
「ってことになるねえ。で、向こうの世界がエルを連れ帰ることに成功したなら、もうこっちの世界に拘る理由は何もない。逆に失敗したらこっちの世界とは完全に断絶。どっちにしてもその時点で『アトラスの冒険者』は廃止されてもおかしくないと思う」
エルマが心配そうだ。
「もし『アトラスの冒険者』廃止正式発表前に転移転送をいきなり止められると、かなり混乱してしまいますね」
「そーならないように一応工作はしてるけどね」
無乳エンジェルの手が回んなくなるように情報を流してる。
しかしエルマの言う危険もなくはないけどな。
「じゃ、帰るね」
「バイバイぬ!」
転移の玉を起動して帰宅する。




