第2133話:新聞の使い方レクチャー
「大変おいしいわ!」
「でしょ? おいしいものは正義なのだ」
アンヘルモーセンから帰ったあと、施政館へ行って報告がてら昼御飯をいただいた。
あとでガリアにヒジノ枢機卿からの手紙を届けなきゃいけない。
王様が帰宮する時間まで帝都メルエルの街中をぶらぶらしようと思ってたら、新聞記者トリオに捕まった。
取材がてらスイーツを奢ってもらえることになった。
←今ここ。
「チョコレートというんですよ」
「斬新ですわ! 素敵なコクのある甘味ですわ!」
「ラグランドっていう帝国の植民地があってさ。地図でいうとここ。ちょこれえとはラグランド特産のカカオっていう農産物を使っているんだ。植民地の産物は基本的に本国にしか入らないから、ちょこれえとは帝国でしか食べられなかった。これまでは」
「これまでは?」
「こんな美味いものが帝国でしか食べられないのは許せないでしょ? 三ヶ月ちょっと前ラグランドで蜂起が起きた時の講和条件に、貿易の自由化が盛り込まれたんだ。今はどこの国でもカカオを輸入できるんだよ」
「つまりフェルペダでもチョコレートを作ることは可能なのね?」
「可能だね。ドーラもラグランド航路を確立させようとしてたよ。船団長が」
あたしの父ちゃんオリオン・カーツのことだ。
本格的に対ラグランド貿易が始まるのは先だろうけどな。
今のドーラにはラグランドに輸出するものがない。
穀物をたくさん輸出できればなー。
ビバちゃんがポツリと呟く。
「……地理は面白いわ」
「ビバちゃんもそーゆー心境になってきたか。進歩してるね」
「ユーラシアさんとあちこち行くと面白いですよね」
「地理に限らないんだけどさ。やっぱ自分に関係してくると興味出てくるんだよ。地理を面白いと思い始めたってことは、ビバちゃんの世界が広がってきた証拠だね」
「証拠だぬよ?」
油断させちゃいかんから言わないけど、もうビバちゃんが首ちょんぱってことはないんじゃないかな。
運命が違う方向に流れ始めた気がする。
新聞記者トリオが言う。
「ここらでビヴァ様の面白エピソードが欲しいんですが」
「ははあ、ちょこれえとには邪な目的があったのか」
「邪じゃありませんよ!」
しかしビバちゃん段々まともになってるから、初日ほど強烈なエピソードはないんだが?
ギロチンゲームのことは前に話したし……。
ルーネがおかしそう。
「私達が最初にフェルペダへ行った日なんか、ビヴァ様ったら騎士をけしかけてきたんですよ」
「それ言っちゃうのな?」
「使者としてフェルペダへ赴いた時ですよね? どういうことです?」
「お父様とウルリヒおじ様と二人もイケオジを連れていたことが、ビヴァ様は許せなかったんですって」
「もう忘れてっ! 恥ずかしい!」
「ビバちゃんは好みど真ん中のイケオジがいると近くに寄ってこないの。いやっ! 恥ずかしい! って」
ハハッ、暴露してやった。
ビバちゃんの可愛いところだ。
「けしかけられた騎士についてはどう決着がついたんです?」
「騎士は九人いたのですけれども、ユーラシアさんが持ち上げてはぶつけるというのを繰り返して鎮圧しました」
「面白い話じゃないですか。この前話してくれればよかったのに」
問題があるから話さなかったんだよ。
「これ記事にするとさ。帝国の使者に対して礼を失している。フェルペダはけしからん国だって言う人が出てきそうじゃん?」
「「「そういえば……」」」
「帝国政府は親フェルペダ路線で行くことを決めたんだ。だからあたしはビバちゃんがものになるように構ってるの。新聞が反フェルペダを煽ったとなると、確実に施政館に睨まれちゃうわけよ。わかるね?」
青くなる新聞記者トリオ。
「お取り扱いには十分な注意を必要とするネタです。いいかな?」
「「「十分わかりました」」」
「ねえ、あなたは新聞と仲がいいの?」
「新聞はこっちが市民に伝えたいことを知らせてくれるし、色んな情報を持ってたりするから都合がいいの。あちこち飛んでネタを拾って提供できるあたしにとっては、ウィンウィンの関係になりやすいんだ。ビバちゃんも新聞とは仲良くなっておくといいよ」
「フェルペダの新聞は私の悪口ばかり書くのだけれど」
「帝都の新聞も皇族や貴族のゴシップ記事ばかり載せてたらしいぞ? でもそれはしょうがないんだ。新聞は売るために紙面を埋めなきゃいけない。どこの誰やら知らん人より、有名人をネタにした方が新聞は売れる。実体があまり知られてないのに、脇が甘くて実質的な権力を持たないビバちゃんが標的になるのは当たり前」
「ええっ? 理不尽ですのよ?」
わかる。
新聞は理不尽を内包している。
「もっと理不尽なことに、新聞にあることないこと書かれちゃうと、ビバちゃんの評判が悪くなる。イコールヘイトが溜まるのとほぼ同義」
「えらいことではないですか!」
「さて、ビバちゃんならどうする?」
「新聞を潰します!」
ビクっとする新聞記者トリオ。
「一つの手ではあるね。でも新聞を潰すことによるヘイトは避けられない。後ろ暗いところがあるから新聞を潰したって、確実に言われる」
「そそそそれならどうすればいいの?」
「焦んなくていいのだ。新聞を味方にしなさい」
「どうやってですの?」
「記者さん達、実際にビバちゃんに会ってみてどう思った?」
「感じのいい姫君だと思います。事前に聞いていた、ひどい固有能力『アイドル』を駆使した希代の悪女というのとは大違いです」
「希代の悪女って!」
「今のビバちゃんは『アイドル』をコントロールできるんだ。出力絞ってるから、ちょっと感じがいいくらいにしか思わないじゃん?」
頷く全員。
「新聞記者は記事ネタを欲しがるから、与えてやるのだ」
「記事ネタ記事ネタ……」
「ビバちゃんが独自ネタを得るのは難しいな。じゃあ本日の議会はこんなこと決めてたとか、政府にこんな事件の報告があったとか。ニュースをまとめといてもらって、記者に教えてあげればいいじゃん。既にそーゆー役割の人がいるんだったら、便乗して顔出すだけでもいい。今のビバちゃんを見て悪感情を催す人はいないから、新聞記者と会ってるだけで好印象持ってもらえるよ」
「会うだけで得ということね?」
「うん、わかってきたじゃん」
新聞は味方にしといて損はないのだ。




