第2132話:アンヘルモーセンの思惑
「まさか……アズラエル様?」
この前も来た、教会みたいな役所みたいなところに到着した。
聖務局というらしい。
その局長であり外務大臣でもある白ヒゲの老人ヒジノさんが唖然としている。
ふーん、やっぱり予知の天使アズラエルは、アンヘルモーセンにとって大事な子なんだなあ。
しかし……。
「はい、いかにも」
「危のうございます!」
「あなた自分の立場を自覚しなさいよ!」
「わかってはいるですが……」
アズラエルがこっちに視線を寄越してくるがな。
説得してくれって?
了解、貸しだぞ?
「アズラエルも外に出たいみたいだよ」
「しかし……その御身は何より大切で」
「アズラエルに何かあったらアンヘルモーセンが危ないんだろうから、ヒジノさんの心配もわかる。でも今の世の中は、メッチャ運命の変化が激しいんだ。それについて行けないと予知の精度が落ちちゃうかもしれないぞ?」
瞠目するヒジノさん。
アズラエルの予知の精度は、おそらくアンヘルモーセンの生命線だ。
これを持ち出されるとツラかろう。
……しかしあくまでも『かもしれない』だ。
断言したわけじゃない。
どんな能力だか詳しい仕様は知らんけど、アズラエルがすごいのは予知の能力だけじゃなく、知った未来に基づいて適切な計画を立てられることにあるんじゃないか?
あたしだって少々運命がどうなろうと、アズラエルが誤った道を指導するなんてことはないだろうなーとは思う。
けどアズラエルはチラッとこっちを見ただけで特に否定しない。
「アズラエルだって、自分の身を心配されてるなんてことはわかってるんだよ。にも拘らず外に出てきたのは、必要性を感じたからだと思うんだけどね」
「……」
「運命の変化が激しいのは、ユーラシアのせいでありますけれどもね」
「嫌だなー。そう褒めてくれなくても」
「「「「「褒めてない!」」」」」「褒めてないぬ!」
アハハ、皆さん楽しそう。
「……わかりました。しかし外を出歩く時は、銀髪の天使様をお一人以上お連れなさることを約束なさってください」
「わかったであります」
微笑みを見せるアズラエル。
外出できるようになってよかったね。
ビバちゃんが言う。
「銀髪と白髪とでは違いがあるの?」
「銀髪の天使は『聖魔法』持ちで格が高いんだそーな」
「そうなのね。勉強になるわ」
初めてビバちゃんの存在に気付いたらしいヒジノさんが言う。
「そちらのお嬢さんはどなたでしたかな?」
「東のフェルペダっていう国の、王位継承権一位の王女様だよ。あたしはビバちゃんって呼んでるけど、正確な名前は忘れた」
「ほう、フェルペダの」
「ビヴァクリスタルアンダンチュロシア・フェルペダラスにございます。ヒジノ猊下」
綺麗な礼をするビバちゃん。
ムダに令嬢っぽいとゆーか淑女っぽいとゆーか。
「今日ビバちゃんに帝都観光させてやろうと思ってメルエルに行ったんだ。そしたら陛下に呼び出されて、ヒジノさんからの手紙に無茶な日程の会合しようぜって書いてある。意味わからんから聞いてこいって言われたの」
「ああいう内容の書簡でしたらユーラシア殿が来るから、とのアズラエル様の仰せでしたのでな。お呼び立てしたようで申し訳ない」
やっぱアズラエルの企みだったのか。
まあおかげでアズラエルに会えたと思えばいいけれども。
真面目な顔になるヒジノさん。
「通貨単位統一の話はどこまで広がっているのですかな?」
「もちろんドーラは賛成。フェルペダもいい感触。そのお隣のモイワチャッカとピラウチって国の盟主になりそーな傭兵隊長にも話してあるよ」
「ふむ、カル帝国とその植民地、東方、そしてギル通貨圏ですか」
「外洋では帝国ゴールドが使われてる国も多いんだ。ギルと統一されて新ギルになったら、放熱海以北で無視できる国はなくなるんじゃないかな」
ソロモコみたいに他と交流がない国を除けばね。
「天崇教と商人連合が通貨単位統一に前向きでしてな。明け透けに言えば、国家間の垣根はなくなるほど都合が良いと」
「布教にも商売にも都合がいいだろうね。わかるわかる」
「恥を晒せば、サラセニア事変の顛末と帝国~ガリアの協商関係樹立で、アンヘルモーセン政府は評価を落としておるのです。通貨単位統一計画を推進して挽回したいという思惑がありましてな」
「ははあ」
アズラエルを見たら澄ました顔してる。
アンヘルモーセンが動揺してるから立て直しに協力しろってことか。
あたしにはぶっちゃけとけってヒジノさんに指示したんだな?
あたしは帝国やガリアと違って、大人しくさえしているならアンヘルモーセンを虐めたいわけじゃない。
むしろ通貨単位統一計画を推進してくれりゃありがたいんだが。
「我等がこの件に積極的に参画しているという姿勢を、なるべく早期に市民にアピールしたいわけなのです」
「だから今月三〇日にシャムハザイで会合ってことになったのか。りょーかいでーす。じゃあ会合当日に、あたしが帝国とガリアのお偉いさんを連れてくればいいんだね?」
「その前にこれを」
手紙? あっ!
「ガリアには手紙出してなかったんだ?」
「普通の方法を使ったのでは、おそらくガリア国王ピエルマルコ陛下の元へ届くのは会合当日の前後になるでしょう」
「舐めてんのかって王様が怒り狂うのが目に見えるようだねえ」
「今日ユーラシア殿がいらしてくれるので、書簡の使いもお願いしようではないかとなった次第なのです」
「人使いが荒いなー」
アズラエルの予知の能力便利だな。
国がどうこうみたいな大げさなことに使うより、ちょっとしたことに使うのがいい気がする。
「今日中にガリアの王様には届けとくよ。返事も早めにもらっとくね」
「カル帝国は参加でよろしかったですかな?」
「もちろん参加の意向だよ」
安堵の表情を見せるヒジノさん。
「お嬢さん方は勉強のために?」
「そうそう。今日はドミティウス殿下連れてくるほど大事じゃないから」
「ヒジノ猊下のような素敵なおじ様と知り合えて嬉しゅうございますわ」
ヒジノさんは社交辞令だと思ってるようだが、ビバちゃんは素だぞ?
比較的好みの顔立ちらしい。
ヒジノさんは爺ちゃんなのにな?
ビバちゃんのストライクゾーンは案外広い。
「じゃ、帰るね」
「バイバイぬ!」
転移の玉を起動して一旦帰宅する。




