第2121話:大いなる人災
「……とゆーわけで、今日はこの前よりも護衛対象が増えるじゃん?」
「わかります」
近衛兵詰め所で一枚ぎゅーの絵を描き終わったあと、話しながらうっかり元公爵邸へ。
右手が温まったぜって顔をイシュトバーンさんがしてるな。
本番に向けてウォーミングアップはバッチリだと思っていそう。
あ、ちょうどライナー君とニライちゃん、ドジっ娘女騎士メリッサが公爵邸の門のところにいた。
時間的にちょうどよかったな。
「こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
「ユーラシア!」
「おおう?」
ニライちゃんが飛びついてきた。
貴族の令嬢らしからぬ随分と俊敏な動きだな。
道場の修行の成果が出ているとみえる。
ルーネヴィルとともにぎゅっとしてやる。
「あちらが絵師殿だ」
「こここここ……」
「このたびはどうぞよろしくお願いしますって」
「なかなかいいじゃねえか」
「でしょ?」
イシュトバーンさんはド緊張しているドジっ娘を気に入ったようだ。
メリッサは長身の正統派美人なのはもちろんのこと、醸し出すオーラがいかにもハプニングを呼びそうだから。
ある意味持ってる女。
ライナー君を交えて話をする。
「ライナー君ルーネいいかな? 今日のミッションの分担を決めるよ。あたしは大いなる人災からイシュトバーンさんと絵を守らなくちゃいけない。危険度は低いと思われるけど、リキニウスちゃんオードリーニライちゃんはルーネの担当ね。必然的にうっかりさんのガードはライナー君になる。ここまでいいかな?」
「ああ」「はい」
「大いなる人災って……」
「あんたの実力を最大限に評価してるんだぞ?」
ついでにうっかり元公爵の災いを呼びし力も。
トラブルメーカーが二人もいるとどんな化学反応が起きるか、この前メリッサの家に遊びに行ったときにわかった。
おいこら誰だ。
あたしをトラブルメーカーの数に入れようとすんのはやめろ。
口を噤むドジっ娘と気を引き締めるライナー君ルーネ。
うんうん、適度な緊張感がいいね。
「うっかりさんのお付きもできる人達なんだけどさ。立場上うっかりさんの後ろに控える格好になるじゃん? いざという時ライナー君の方が動けると思うからよろしくね」
「わかった」
「わっちが余ってるぬよ? 誰かをガードするぬか?」
「ヴィルはあたしが肩車しててあげようね。ふよふよ飛んでイシュトバーンさんの気が散ってもいけない」
「わかったぬ!」
イシュトバーンさんの方をチラッと見る。
そんなことで気が散ったりはしねえぞ、ガードは甘めが基本だよ、エンタメの舞台だな、そうそうといった意思の疎通を目で交わす。
「おお、よくいらした。歓迎しようぞ!」
うっかり元公爵とリキニウスちゃんオードリーが出てきた。
「「「遅れました! 申し訳ありません!」」」
新聞記者トリオも来た。
よーし、役者は揃ったな。
しかしあんた達は護衛対象じゃないから自分で何とかしろ。
新聞記者トリオはモブなので被害は及ばないだろうとは思うけど、ドジっ娘うっかりパワーはどう作用するかわからんからな。
庭に案内される。
「やはりグレゴール様だったんだな」
「あれ、イシュトバーンさん知ってたんだ?」
「ああ。公爵がドーラ総督だった時代に何度か会ったことがある」
「イシュトバーン? おお、絵師とはイシュトバーン殿のことだったか。これはお見逸れした」
「こちらこそ。精霊使いがうっかり元公爵としか言わねえもんで」
「あたしのせいかい」
すっかり忘れてたけど、うっかりさんは元ドーラ総督だった。
イシュトバーンさんと知り合いでもおかしいことなかったわ。
うっかりさんがドジっ娘に目を向ける。
「騎士メリッサよ。制服姿が実に凛々しいではないか。惚れ惚れするぞ」
「もったいないお言葉です」
今日のドジっ娘は騎士の制服で剣も佩いている。
うん、自然でなかなか決まっているね。
動きやすいようにか、髪をポニーテールに結っている。
これが勤務の時のスタイルなんだろうな。
イシュトバーンさんが注文をつける。
「メリッサ嬢、剣を振りかぶって上段に構えてくれるか」
「はい」
やはり騎士だから剣を握っている方が様になると見たか。
わかるけれどもこれ、ニライちゃんの絵と同じポーズだな。
……ドジっ娘ガチガチに力入ってるやないけ。
嫌な予感がするからパワーカード起動しとこ。
「振り下ろしてくれ」
「はい。あっ!」
すっぽ抜けてひゅーんと剣が飛ぶ。
いきなりかい。
模擬剣じゃなくて真剣なのがユーモラス感を増幅するなあ。
お約束のようにうっかり元公爵の方向だが、ライナー君の位置が悪いわ。
『スナイプ』で伸ばした間合いで剣をコンと弾く。
「お見事です!」
「ごごごごごめんなさい」
「いや、大いなる人災は計算に入ってるから大丈夫だよ。メリッサのせいじゃない。今のは油断してたライナー君が悪い」
「す、すまん」
「アテンション! 古今稀なトラブルメーカーが二人もいると、何が起こるかわかんないよ。皆さん絶対に護衛対象から目を切らないこと!」
「「「「はい!」」」」
イシュトバーンさんがいらんことを言う。
「トラブルメーカーが三人の間違いだろ」
「だからあたしを数に入れんな」
あたしは被害を未然に防ごうと、精一杯努力しとるわ。
トラブルメーカーなんて、言いがかりも甚だしいわ。
まったく迷惑な。
え? あたしがいるからより面白くなっちゃうんだろって?
それは笑いの神様に愛されてるから仕方ないのだ。
「あ、ポツッときた」
「雨だな。中に入ってくれ」
公爵邸内部へ。
邸内だったら剣を使ったポーズにはならなそうだな。
ひとまず安心……なんてことあるわけないだろーが。
油断しちゃダメだわ。
◇
「ふーおいしい」
「香り高いですね」
公爵邸の応接室でお茶をいただいた。
落ち着くなあ。
「苦いぞなもし」
「そうじゃな」
「あれ、ニライちゃんやオードリーはお茶が苦手なのか。砂糖を入れると飲みやすくなるよ」
早速砂糖入れてる。
素直な子達だなあ。
「これはズデーテン産のお茶だよね?」
「であろうな。茶といえばズデーテン産と、相場が決まっておる」
「最近ドーラ産も帝国に入ってるんだよ」
「何、そうなのか?」
意外そうだ。
うっかり元公爵がドーラ総督だった時代には、ドーラのお茶なんて発掘されていなかったからな。
せっかくだから売り込んでおくか。




