第2116話:ウルリヒさん動く
――――――――――三二一日目。
「御主人!」
「よーし、ヴィルいい子!」
飛びついてきたヴィルをぎゅっとしてやる。
可愛いやつめ。
うちの子達とともにウルリヒさんの領地、カルテンブルンナー公爵家領エッセンミッテの宮殿にやって来た。
ウルリヒさんも御機嫌だね。
「よく来てくれた、ユーラシア君」
「北の編入予定地と移民のことで、あたしに相談したいってことはヴィルに聞いてたんだけどさ。忙しくてなかなか来られなかったんだ。ごめんね」
「いや、来てくれてありがたい。相談の前にマヤリーゼと連絡が取りたいのだ」
「奥さんに?」
ははあ、可能なら様子を聞かせなさいって奥さんに言われてるんだな?
ウルリヒさんほどの人が奥さんに頭上がんないって面白いなニヤニヤ。
「ヴィル、マヤリーゼさんと連絡取れる?」
「屋敷にいるなら大丈夫だと思うぬ。出かけているとムリだぬ」
「朝早いからまだ家にいるんじゃないかな。行ってみてくれる?」
「はいだぬ!」
掻き消えるヴィル。
「今月中にキールが帝国直轄地になるのはムリそうなんだって?」
「意外と手続きが煩雑でな。しかし予想されていたことだ。特に問題はない」
「これは施政館にも報告行ってるはずだよね?」
「ああ」
じゃああたしの仕事じゃないな。
キールの直轄領化なんて動き始めりゃすぐだし、東方貿易の活発化も直だ。
赤プレートに反応がある。
『御主人! マヤリーゼだぬ!』
『あらまあ、驚きましたわ。ユーラシアさんですのね?』
「こんにちはー。今エッセンミッテに来てるんだ。ウルリヒさんがマヤリーゼさんと連絡取りたいってことだったから代わるね」
「や、やあマヤリーゼ。元気な声を聞けて嬉しいよ。それにいい天気だね」
間抜けな挨拶だなあ。
公爵ともあろう者が何を奥さんにビビッているのだ。
『帝都はどんより曇ってますよ。それでどうしたんです?』
「案の定手続きが遅れている。俺が帝都に再び行けるのは、社交シーズンになるということを伝えておきたかったんだ」
『わかりました。確認しますけれど、今年の社交シーズンですよね?』
「えっ? うむ、もちろんだ」
『よかった。五年後とか言われたらどうしようかと』
どんだけ信用がないんだ。
笑える。
『エッセンミッテの様子はいかがですか?』
「何の問題もないよ。帝都に比べれば相変わらずの平和な田舎だ」
『懐かしいですねえ。私も久しぶりにエッセンミッテに戻りたいわ』
ははあ、ウルリヒさんがずっと領地にこもってたから、マヤリーゼさんが帝都を離れるわけにいかなかったんだな?
でもキールが直轄領になると、当然エッセンミッテの情報もチェックするはず。
ウルリヒさんがしょっちゅうキールに顔出してれば、帝都に行かなくてもそう怪しく思われないはず。
「ウルリヒさんが駄々捏ねたら、あたしが首に縄つけてでも引っ張っていくからね」
『よろしくお願いいたしますわ』
「ではマヤリーゼ、御機嫌よう」
『あなたこそ、身体には気をつけてくださいね』
「ヴィル、ありがとう。こっちに戻ってくれる?」
『わかったぬ!』
ウルリヒさんが大きく息を吐く。
「ふー」
「何を一仕事終えたみたいな顔してんの。これからでしょーが」
「そうだった。帝都で変わったことはないか?」
「特には。ペルレ男爵家の令嬢おっぱいピンクブロンドが、バルリング伯爵家の令息A太に近付いたって話あったじゃん?」
「うむ、それが?」
「ペルレ男爵家でガラス産業興しててさ。それにはバルリング伯爵家領で取れる質のいい砂が必要なんだそーな。もちろん港も魅力的なんだけどってことだった。おっぱいピンクブロンドは、ゴットリープさんの意向を受けてA太に近付いたみたいだね」
「結論としてどうなったんだ?」
「グスタフさんとゴットリープさんは意気投合してたぞ? ウルリヒさんにもお礼を言いたいって」
「めでたいではないか」
「うん。とってもよかった」
まーA太とおっぱいピンクブロンドがどうなるかはわからん。
「我が領に移民を受け入れるという話だが」
「うんうん」
「ユーラシア君、弧海州の状況はわからんか?」
「四日前に弧海州の聖グラントって国へ行ったんだ。ゴチャゴチャした国だった。税金高いっていう割には、市民の生活に生きてる様子が感じられなかったな」
「王家が私利私欲に溺れているということか? よくそんななっとらん国が潰れないな」
「周りが皆似たような状況の国だからみたいだぞ? 見切りつけたいけど行き場がないみたいな」
「チャンスではないか」
「うーん、ただその中でも帝国の弧海州植民地に逃げ出したのは、一番困窮してる人達なんだって。気持ちが荒んじゃってるかも」
移民ならやる気のある人に来てもらいたい。
でないと税金のムダだ。
「弧海州からの移民はいいアイデアだと思ったのだが」
「人数をいっぺんに確保しやすいとは思うよ。逆に言うと買い手市場だからこっちから条件をつけやすい。若くて適応力のある人呼んでガンガン教えるのがいいかもしれない」
「ふむ、参考になった」
冷涼な帝国で、弧海州と同じ農業は通用しないだろう。
どうせ身一つで来ることになるだろうし、帝国での身の振り方を教えてやらんと立ち行かない。
衣食住を確保してさえやれば言うこと聞くんじゃないかな。
頑張り次第で儲けが大きくなることを知れば、モチベーション上がるだろうし。
「いずれ弧海州植民地の様子を見てみたいものだ」
「ウルリヒさんが弧海州を見たいって気でいることは、施政館に伝えておけばいいかな?」
「ああ。よろしく頼む」
「じゃあとっとと土地を確保する方が先だよね。ホニャララ川よりこっち側を領土にするんだっけ?」
「モガム川だな。地図はあるか?」
ナップザックから地図を取り出す。
「ここいら一帯だな」
「メッチャ広いんだけど。これ仮に川まで押し上げたとしても、また川向こうから魔物来ちゃうことない?」
「生息しているのは草食魔獣とスライム、昆虫系、植物系の魔物だ。強い草食魔獣さえ駆逐できれば、常備の人員でどうにかなる」
なるほど。
草食魔獣がいなくなると魔物退治がすごくつまんなくなるけど。
「来てくれ。『ララバイ』持ちと『パラライズハンド』持ちに会わせよう」
マッチョクラブ狩り要員か。
しっかりしてるなー。




