第2090話:弧海州は意味不明
「サイナスさん、こんばんはー」
『ああ、こんばんは』
夕食後、毎晩恒例のヴィル通信だ。
「悪魔について」
『またその手の入りかい?』
「冒頭で聞き手の注目を集めるテクニックだよ」
『観客が君を知らない場合は効果的かもしれないけど、オレはユーラシアのことをよく知ってるから』
「あれえ? 効果が薄れちゃう?」
『いや、楽しんで聞くから思う存分話しなさい』
「サイナスさんは優しいなー」
安心安全安眠前の夜。
うるさいセミも空気を読むのか夜は鳴かないしな。
何だかんだでサイナスさんも面白話は好きなので、毎晩楽しんでもらってると思う。
娯楽を提供するエンターテイナーなあたし。
「ちょっと聞きたいんだけどさ。サイナスさんはヴィルに会う前、悪魔についての知識ってどれくらいあった?」
『精霊と同じで実体を持たない。一般的に高レベルで悪感情を糧にする。闇魔法を得意とする、くらいだな』
「だよねえ。魔王島の漂着民ね、最初悪魔達にビビってて何にも喋んなかったんだ。でも悪魔って見た目可愛いじゃん?」
『得体の知れないものを見れば、普通は警戒するものだからな?』
「悪魔は得体の知れないものかなあ?」
バエちゃんもヴィルを初めて見た時、可愛いって抱きついてたくらいだぞ?
いや、ヴィルは特別か。
あたしに悪魔可愛いっていう先入観があるから、怪しく思わないだけってことはあるかもしれない。
「まあ漂着民魔王達を初めて目にするの巻の時は悪魔の数も多かったし、大しておかしいとも思わなかったんだ」
『話の序章が終わった感じだね』
「続く。彼らの戦いはこれからだ」
『おいこら』
もちろんお約束ですとも。
「漂着民は弧海州の聖グラントって国から来たんだ。今のところ全部で一四人」
『漂着民の数としては多いのかもしれないが、集落としては心許ないな』
「子供含めての数だし、農業経験者がいないしね」
農業経験者がいないというのが何げにキツい。
土地は肥えてるからどうにか。
「とにかく人の数が欲しい段階じゃん? 魔王島は税金なくていいところだから仲間が増えて欲しいってことで、漂着民頭のザップさんって人を連れて聖グラント行ってきたんだよ」
『人さらいにか?』
「人誘いだとゆーのに。いや、まだ今の漂着民も生活が確立したわけじゃないからね。一度冬越しして要領がわかった頃に、新しい移民を受け入れたいってことだった。今日は悪魔島ってとこがあるんだよとアナウンスしに行ったの」
『ふむ、常道だね。ユーラシアにしては』
どーゆー意味だ。
あたしは常にセオリーに忠実だわ。
「ここから悪魔の話に戻るんだ。どーも聖グラントの人は悪魔のことを知ってるみたいなんだよね。ヴィルを見ても、ああ使い魔かって感じだった」
『ほう?』
「現地の人に悪魔をどう思うか聞いたら、人間をあの手この手で食い物にする悪党だって」
『……間違いではないよな?』
「うん、間違いじゃない。けど悪魔が尊敬されるのを好むことを知らなかったり、悪魔慣れしてるにも拘らず知識が偏ってるとゆーか」
『突っ込んで聞いてみりゃいいじゃないか。君の得意分野だろう?』
「聖グラントっていう名前がそもそも悪魔にとっては不穏じゃん。悪魔と因縁があるのかもしれんし、今日連れがいたから、あんまり派手なことできなかったんだってば」
とゆーか弧海州であたしは丸っきり外国人顔だから、何してても目立っちゃう。
悪魔が国のトップとつるんでたりしたら大事になりそう。
悪魔に会えりゃ別だけど、今のままじゃあんまり動けん感じだ。
「オチのない話でした」
『中途半端なのか。ひどい』
「サイナスさんの意見を聞きたいんだよ。弧海州の意味不明さをどう思う?」
『聖グラントか弧海州かで活動してたか、現在も活動しているかの悪魔がいるんだろう。おそらくは目立ちたがりの性格の。だから聖グラント人は悪魔を知っているし、良く思っていない』
「やっぱなー、どーすべ?」
『今後移民を連れてくるだけだったら、国自体には関わらないだろう?』
「通貨単位統一の話が進めば、当然弧海州だって関係してくるから」
『ああ、なるほどな』
今すぐどうこうって話ではないか。
聖グラント以外の弧海州の国の話も聞いてみたいし、それこそ帝国の弧海州植民地の総督にはヴィルを使うあたしの情報も入っているはず。
何か手を打たなきゃならん時には、きっと協力してくれるだろうしな。
「魔王島で冬を越せることがわかったら、もうちょっと農業に詳しい人を移民として呼ぼうってことになりそう」
『しかし魔王島の一番の問題が残っているだろう?』
「何が問題かな?」
『世界から孤立していることと、魔物に対抗する手段が悪魔頼みであること』
「漂着民の中に一人『アトラスの冒険者』がいれば、解決できると思うんだ」
『新『アトラスの冒険者』のメンバーとしてか』
「漂着民頭のザップさんがいいな。決断力もリーダーシップもある」
ドーラで売却も買い出しもできるし、情報に遅れることもない。
魔物と戦う力も身につけることができる。
「魔王島をドーラの経済圏に組み込めるとゆーことじゃん? 発展を素直に手伝えるわ。ドーラから協力者も得やすいんじゃないかな」
『相変わらず剛腕の考え方だなあ』
「ドーラとともに繁栄すりゃいいよ。自然に統一通貨単位に馴染むと思うし」
魔王島は悪魔とコミュニケーションが取れる貴重な場ということもある。
ドーラ以上に将来が楽しみなのだ。
「えーとそれから、ドジっ娘女騎士とコンタクト取ってきたんだ。アンケート九位の子」
『画集のモデル候補だな?』
「うん。イシュトバーンさんも気に入ると思う」
『どんなお嬢さんなんだ? ドジっ娘女騎士の字面からしか情報が入ってこない』
「大柄で黙って動かなきゃ結構な美人さんだよ。でもアクション起こすと積極的にうっかり元公爵とコラボしようとするヤバいやつ」
『おかしいな? 味付けが濃くなっただけで、ドジっ娘女騎士以上のイメージにならない』
それが全てだってことだよ。
ライナー君との絡みで面白くなるかもしれないけど、まだ何とも。
「サイナスさん、おやすみなさい」
『ああ、御苦労だったね。おやすみ』
「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」
『わかったぬ!』
明日は世界最大のダンジョン。




