第2058話:地理とドーラの事情
感嘆するハーマイオニーさん。
「これは……素晴らしいですね。これほど広域で詳細な地図は見たことがありません」
「お宝の地図なんだ。あたしの住んでるドーラはここ」
「随分大きな国ですのね?」
「大陸の面積ということならね。でもノーマル人が住んでるのは南のごく一部だけなんだ。人口はフェルペダの二〇分の一くらいだと思う」
「随分小さな国ですのね?」
「ちょっと話を聞くだけで印象が違っちゃうでしょ?」
「……違ってしまいますわね」
地図を見つめるビバちゃん。
うん、あたしも地図見るのは好き。
「そこが地理の面白いところだよ。歴史的背景とか気候とか産物とか習俗とかが絡んでくると、またどんどん印象が変わっちゃうわけよ」
「面倒でややこしいのですわっ! 町の名前や人口など覚えられないのですわっ!」
「わかる。自分に関係のないことなんか覚えられない」
「でしょう?」
「おいこら。ビバちゃんの立場で関係ないなんて言ってるとヘイトが溜まるんだってば」
「あっ、そうだった!」
また変な踊りか。
一々アクションが大きいなあ。
「ドーラは去年の暮れにカル帝国から独立したばかりの国なんだ。逆に言うと、独立までドーラ人はドーラと帝国のことさえ知ってればよかった」
「狭い……世界?」
「まあね。ドーラもビバちゃんと一緒。これから世界を広げていかなきゃいけない」
「ドーラってどういう国なの?」
「おっ、興味ある? 他所の国に興味を持てるのに、地理が不得意ってことはないはずだよ」
「そうなの?」
「そうぬよ?」
ちょっと面白いな。
「ドーラは一〇〇年ちょっと前に帝国の植民地になったんだ。周辺海域が魚人の領域だからなかなか上陸できなかったみたいで、昔は暗黒大陸って呼ばれてたんだってよ。今でも港が首都のレイノスだけしかないんだ。それ以外から船を出すと魚人に沈められちゃう」
「こんなに広い国なのにですか? 発展の余地が妨げられませんか?」
「いい点もあるんだ。ドーラには税金がないの」
「「税金がない?」」
相当驚いたみたいだな。
「港が一つしかないから、貿易を全部政府が仕切ってるんだよね。貿易の手数料で政府を運営してるの」
「しかし貿易手数料だけでは大して予算はありませんよね?」
「ないねえ。せいぜい首都レイノスを押さえられるくらいだね。でも港がレイノスにしかないから、商業的に発展しようと思うと他の町もレイノスとケンカするわけにいかない。そうやってドーラは治まっているんだよ」
「軍を維持できないでしょう?」
「ドーラに軍はないんだ。面積の割に人口が少ないし、ケンカしないから」
「ど、どうやって独立したのです?」
ルーネもいるからあんまり詳しいこと言えないんだけどな。
「さっきの近海が魚人の支配領域ってことに関係するんだけど、外からの侵攻ルートも限られちゃうんだよ。そしてドーラは魔物が普通にいる土地柄だから、個々の冒険者が強い。限定的な勝負になるとドーラは負けない」
「理解しました。特殊な事情ですね」
「ドーラはどんなものを輸出しているの?」
「独立当初には、魔宝玉とコショウくらいしか目ぼしいものがなかったんだよなー。でもどんどん輸出するものを増やさないと、政府を維持できない理屈じゃん?」
「税金を取ればいいじゃない」
「そーゆー考え方はヘイトを生むんだとゆーのに。今まで税金取ってなかったのに急に税金取るぞーなんてことになったら、誰も支持してくれない。大体税金取るための組織もない。さあ、どうする?」
首を捻るビバちゃん。
「……貿易を振興する、政府が商売をしてお金を稼ぐ、政府の規模を縮小する?」
「いいぞ、大変結構でーす。実際に政府規模を小さくする施策はなかったけどね。貿易を活発にしようっていう試みはやってるんだ。こーゆーものがある」
イシュトバーンさんの画集を取り出す。
「ドーラの輸出品の一つだよ。これ何とドーラの小売価格は一部六〇ゴールドなんだ。ビバちゃんにも一冊あげよう」
「こっ、これは!」
「驚いた?」
「えっちぃのは嫌いです!」
えっちに驚いたんかい。
値段に驚け。
ハーマイオニーさんが言う。
「待ってください。これが六〇ゴールド?」
「どれだけ安く本を作れるかっていう試みなんだ。薄利多売で、他に用途のない安い紙使って。でも輸出すると帝国での販売価格は二五〇ゴールドになっちゃうんだよねえ」
「いえ、十分安いです」
「こっちもあげようか。ページ数の多い本はまだドーラでも販売価格一〇〇ゴールド切れないけどね」
フィフィの本をハーマイオニーさんに渡す。
「さっきの画集もこの本も、帝国で記録的なヒットを飛ばしているんだよ」
「安い上に需要があるからでしょうね」
「まードーラも今後いつまでも帝国頼みってわけにはいかないから、他所の国にも目を向けていかなければならないんだよべんべん」
「だから狭い世界広い世界ということになるのね?」
「そゆこと。ここでビバちゃんにクイズだよ。今までにあたしが話したことで、ドーラについて覚えてることを言ってみて」
さて、どうだろうな?
「……ずっと西にある面積の広い大陸にある国で。でもフェルペダより人口はずっと少ない。カル帝国から独立したばかり。魔物が多い。近海が魚人の領域という特殊な事情があって、貿易に力を入れようとしている。魔宝玉とコショウが主力輸出品だったけど、他のものも模索している……」
「ほら見ろ。一回言っただけなのによく覚えてるじゃないか。ビバちゃんはバカじゃないし、地理が不得意なわけでもない」
「う、うん」
「自信持て。ビバちゃんがマジでどうにもなんない子だったら遊びに来たりしないわ。あたし達はそんなに暇じゃない」
ハーマイオニーさん感動の表情。
「興味があったり、自分に関係のあることなら覚えられるんだって。町へ行こうか」
「えっ? 何しに?」
「世界を広げるためだよ。ハーマイオニーさんも行く?」
「お供しましょう。護衛はどうしましょうか?」
「あたしがいれば暴漢の一億人や二億人はどうにかなるから必要ないぞ?」
「いらないぬよ?」
「わかりました」
あれ、ジョークなのに尊敬の眼差しで見られてるんだが?
「お忍びだから、目の下の星模様は落としておいでよ」
「わかりましたわ!」




