第2053話:エルを取り戻したい事情
オニオンさんとソル君には懸念があるようだ。
「ユーラシアさんは『アトラスの冒険者』のエンジェル本部所長と実際に会ってるんですよね?」
「会ってるよ」
「異世界がどういう状況になってるのかがわかりません。流していい情報といけない情報の区別がつかないんですが」
「あたしの知ってることは全部話すよ。塔の村の精霊使いエルは、エンジェルさんの娘なんだ。そして向こうの世界の旧王族の血を引いている。おそらくは父方がね」
神妙に話を聞いてくれるオニオンさんとソル君パーティー。
「向こうの世界で旧王族は、かつて残虐な政治を行ったということで忌まれているの。こっちの世界へ追放された旧王族の成れの果てが赤眼族で、『アトラスの冒険者』は赤眼族を監視するために作られた機関だよ。ここまでいいかな?」
皆が頷く。
驚きはないようだ。
あたしも直接には言ってないことがあるけど、あちこちで情報集めてたり推測したりしてればそーゆー結論にはなるかもな。
「向こうの世界には旧王族的な君主制を支持する一派もあるんだ。ただ実際に本物の旧王族が現われたら、向こうの世界がどう混乱するかはわからないな」
「旧王族の赤眼族をこちらの世界に追放したんでしょう? 混乱する要素があるなら、エルさんを取り戻す必要性はないですよね? こちらの世界に置いたまま無視すればいいじゃないですか。何故取り戻そうとするのでしょう?」
「そこがややこしくてなー。こっちの世界と向こうの世界では管轄する神様が違うんだ。で、神様同士あんまり仲が良くないの」
「ダンさんにチラッと聞きましたが、本当なんですね?」
「本当も本当。こっちの世界の神様は、あたしが『アトラスの冒険者』になる前夜、夢の中に現れたんだ。その後も何度か夢の中に出てきて、さらにクエストで会えるようになって話も聞いてるから」
「はへー」
たまにセリカは変な声出すなあ。
「神様サイドから世界に干渉することはできないルールでさ。でもあたし達から手を出すのはいいみたい。こっちの世界の神様をイシュトバーンさんの家連れてって、一緒に御飯食べることもあるんだよ」
「ユーラシアさんが神様ともいい付き合いをしてるのはわかりました」
「神様は世界を発展させるのが仕事。あたしは異世界の進んだ文化が欲しいし、エルは友達なので帰したくない」
「わかります」
「だけど向こうの世界の神様は、こっちの世界を発展させるのは面白くないんだ。進んだ世界の住人であるエルがいると、こっちの世界の技術が進歩するかもしれない。だからエンジェルさんの娘を思う心を焚きつけて、取り返そうとしてるんじゃないかとゆー説」
「そこが疑問なんですよ。精霊使いエルが向こうの世界に帰ったところで、エンジェル所長もエルもいいことないでしょう?」
「あたしもいいことなんかないと思うね」
「旧王族派と組む思惑でもあるんでしょうかね?」
その辺は想像するしかないところだが、旧王族を監視する『アトラスの冒険者』のトップだった無乳エンジェルが、急に鞍替えするとも思えないがなあ?
なるべくこっちの世界に影響を及ぼさないよう、向こうの神様に撤退することを厳命されているのか、それともエルを匿える算段でもついたのか。
「向こうの世界の状況とエンジェル所長の思惑がどうであれ、精霊使いエルはこちらで確保したいということですよね?」
「うん。エルはこっちの世界にどっぷり浸かってるから、今のままの方が幸せだよ。向こうの世界だって混乱しない方がいいと考える人が多いはず」
「ユーラシアさんは神に逆らってでも、人間の都合を優先するということですか?」
「いや、こっちの世界の神様はあたしに賛成してくれてるんだってば」
あたしばかりが我が儘通そうとしているんじゃないの。
「旧王族といっても昔のことだろう? どうして今でも問題になるんだ?」
「うーん、政治的な対立がずーっと続いてるから、風化されないってことがあるんじゃないかな」
頷く面々。
「向こうの世界の昔の残虐な王様ってのが固有能力複数持ちだったらしくてさ。固有能力複数持ちが嫌われる傾向にあるみたいなんだ。でもバエちゃんやシスター・テレサはあたしに対して忌避感はないから、向こうの世界で広く浸透した考え方ってことではなさそう」
「エルさんは固有能力複数持ちなんですか?」
「確認したことないけど多分」
「旧王族で固有能力複数持ちということが異世界で知られると、かなりの反響があることは間違いないと」
「結局のところ、流していい情報とはどこまででしょうか?」
本題だね。
しかし深く考えなくてもいい気はするが。
「エルのレベルについては伏せてて欲しいな。ちなみに今までソル君が流した情報ってのは何?」
「精霊使いエルが塔の村にいるということと、イシュトバーンさんの画集を渡したことだけですね」
「画集? あ、そーか」
エルもモデルとして載ってるからか。
「逃げた精霊使いが偽名を使ってこっちの世界にいる。それがシスター・エンジェルの娘さんだという裏が取れたって、バエちゃんが言ってたんだよ。画集の絵を見て探してる当人だってわかったんだな」
「まずかったでしょうか?」
「いや、構わないよ」
「偽名というのは?」
「エルって偽名なんだ。本名はあたしも知らない」
「そうだったんですか?」
皆ビックリしてるけどそーなの。
「ユーラシアさんはカンで偽名だとわかってたということか?」
「何となくだけどね」
「本名を教えてもらわなくて寂しくないですか?」
「エルが好きでエルと名乗ってるんだから、本名はどうでもいいな。とゆーか本名知らなくていいよ。知ってたらあたしもエンジェル所長の追及を躱せなかった」
「どういうことです?」
「エンジェル所長は『ダウト』っていう固有能力持ちなんだ。こっちがウソ吐いてるとバレるの」
衝撃が走る。
「ソル君が向こうに信用されてくると、エンジェル所長に会わせてもらえるかもしれない。ウソ吐くと信用を失うから、どうでもいい情報を山ほど押しつけて悩ませるといいよ」
「どうでもいい情報を山ほどって……」
「塔の村行こうか。エル本人から聞けばいい。オニオンさん、じゃーねー」
「バイバイぬ!」
新しい転移の玉を起動し、一旦ホームへ。




