第2031話:『アイドル』
「ビヴァ、控えなさい」
「はあい」
不承不承腰掛ける道化の女。
あの顔を真っ白く塗りたくって、目の下に星マーク描いてる女が王女ビバちゃん?
年齢わからんかったわ。
まさかフェルペダの王女は道化メイクしなきゃいけない、なんてルールはないんだろうし。
色々聞きたいことはあるけど、聞かれたことには先答えとくか。
「えーと、迎えに来てくれた騎士の皆さんは、余興で剣舞を見せてくれたよ」
「剣舞? 何を言ってるの? 私はあなたを討ち取れと命令したのよ?」
「あ、それ堂々と言っちゃうのな」
潔いとゆーかメチャクチャとゆーか、あたしの心配りが御破算やんけ。
何なのこれ?
ビバちゃんのやり方が常識外れ過ぎて混乱するわ。
あたしを混乱させるなんて大したもんだなあ。
王陛下が青ざめながら激怒する。
「ビヴァ! そなたカル帝国の使者に何ということを!」
「いや、騎士を差し向ける程度でビックリしてちゃ帝国の使者は務まらんから、べつに構わないよ。むしろ愉快なイベントを突っ込んでくれてありがたいくらい。でも種明かししてくれないと楽しめないんだけど?」
「……そなたがヤマタノオロチ退治の勇士ユーラシア?」
「そうそう。聖女ユーラシアだよ。よろしくね」
ただヴィルが不安そうなんだよな。
可哀そうだから、このおかしな雰囲気を何とかしてやりたいんだが。
悲鳴に似た声を上げる道化ビバちゃん。
「どうしてあなた達は平気なの!」
「と、言われても」
「ユーラシア君、どういうことなんだ?」
「わからないけど、ビバちゃんは強力な支配系固有能力持ちなんだと思う。ルーネが限界近いみたいだから、閣下はよく見ててやってね」
「えっ? うむ」
ウルリヒさんが言う。
「おそらくは『アイドル』だ」
「『アイドル』? 無差別魅了の固有能力?」
「そうだ。近い親族や自分が好意を寄せている人物には効果がないとされている」
つまりビバちゃんは、閣下やウルリヒさんみたいなイケオジが本当に好みなんだな?
そしてどうやらある程度以上のレベルがあれば、魅了の効果をレジストできるということなんだろう。
「ウルリヒさん、何で前もって教えてくれないのよ」
「俺も大勢の前で王女殿下に会ったことがなく、知らなかったのだ」
「そーだったか」
「う、ウルリヒ様と仲良く話しているなんて羨ましい……」
「じゃあこっちおいでよ」
「いやっ! 恥ずかしい!」
「難儀な性格だなー」
チラチラこっち見てるがな。
お父ちゃん閣下やウルリヒさんが好きならアプローチすりゃいいのに。
面白いことは面白いけど、えらく面倒な子だぞ?
「『アイドル』の影響を小さくする方法はある?」
「屋外だと効果は小さいんだ。窓と扉を開ければどうだろう?」
「陛下、窓開けていいかな?」
「やめなさい!」
「ビバちゃんたらいけずなこと言わんと。こっちのイケオジはあーまいぞー」
「いやっ! 恥ずかしい!」
大して面白くもないのに繰り返されるとイラッとくるな。
窓と扉が開け放たれて風が通ると、ようやくまともに近い話ができるようになる。
閣下とウルリヒさんと相談する。
「どーする? 挨拶だけして帰る?」
「どうして来たばかりで帰ろうとするのっ! イケオジを独占すると許さないわよ!」
「だってあんたみたいのが次期国王じゃ、この国長くないもん。乙女が花である時間は短いのだ。あたしもムダなことしたくないから、どっか他所の国へ遊びに行きたい」
皆がアワアワしてるがな。
あたしは正直者だから思ったこと言っちゃうぞ?
道化メイクビバちゃんがヒステリックに叫ぶ。
「あなたちょっと失礼ではなくて!」
「大分失礼なことは自覚してる。あたしはウソの吐けない性格だからごめんよ。でも家臣の方々から反論が出ないでしょ? 多かれ少なかれ皆がそう思ってるんじゃないの?」
一斉に目を逸らす武官文官の方々。
破滅が近いって皆がわかってるなら、どーして放置しておくんだ。
全くわけがわからんな?
「どういうことなのっ!」
「言わなきゃわかんないのかよ。ここに魔宝玉がありまーす!」
ナップザックから鳳凰双眸珠を取り出す。
ぎょっとしてるのは価値のわかる人だな。
「はい、ビバちゃんはどうする?」
「あなたにはもったいないから、素敵な魔宝玉を持つのに相応しい私に寄越しなさい、と言います」
「うん、予想の範囲を超えないね。で、ビバちゃんの固有能力からすると、ほとんどの人は無法な要求に逆らえないんだよ」
「誰も逆らわないわね」
「でも確実にヘイトは溜まるんだ」
「えっ? ヘイト?」
ポカンとする道化ビバちゃん。
やはりわかってない。
「あるものを手に入れるためには、等価のものと交換しなきゃいけないのが原則だぞ? ビバちゃんはタダで手に入れたつもりかもしれないけど、それは恨みと交換しているのだ」
「べ、べつに恨みなんか怖くないわ」
「恨みが積み重なると怖いぞ? あたしが予言してやろう。ビバちゃんが女王になる前に、誰かに恨まれて殺される可能性は四〇%」
反論者が一人もいないことに怖気を震うビバちゃん。
もっとビビればいいわ。
「わ、私は運がいいから、四〇%なら……」
「女王になったけれどもクーデターで処刑される可能性が三〇%」
「え?」
「え、じゃないわ。賢臣良臣に愛想を尽かされ国が破綻する可能性が二〇%。外国に攻められて滅亡する可能性が九%」
「私が幸せになる可能性が一%しかないじゃないのっ!」
「不幸になる前に事故や病気で死ぬ可能性が一%」
「ハッピーエンドがないっ!」
「あるかそんなもん」
実に面白い個性だけど、固有能力を悪く使っちゃうことに慣れてるみたいだ。
誰からも異論が出ないことで自分の運命を自覚しろ。
大人しく首ちょんぱされてください。
「あはははははは!」
向こう側の扉近くに立ってた、高レベルの騎士らしき大男が高笑いする。
「こんなに痛快なのは久しぶりだ。ユーラシアよ。お主言いたい放題言ってくれるではないか」
「事実だぞ? 今まで誰も注意しなかったから、ビバちゃんが不幸になるんだぞ?」
「まだ不幸じゃないわっ!」
「「「「「「「「時間の問題です」」」」」」」」
すげえ、ビバちゃん以外全員の声がハモった。
これだけで今日フェルペダに来た甲斐があったな。
あ、ちょっとヴィルがリラックスしてきたな。
ぎゅっとしてやろうね。




