第2008話:港町キール
「御主人!」
「よーし、ヴィルいい子!」
飛びついてきたヴィルとルーネをぎゅっとしてやる。
現在まだウルリヒさんの領地である、港町キールにやって来た。
あたしは港が好きだな。
やっぱ大きな商売をするなら、でっかい港がないと始まんないから。
見慣れない鳥がのん気に風に舞っている風景も、一旗揚げるぞ、やってやるぞという心意気を修飾しているように見えるのだ。
「暑いですね。でもいい風です」
「結構な規模の港町だね。ドーラの首都レイノスと同じくらいかな?」
「人口四、五万といったところだ。船はこっちだ」
ウルリヒさんの案内で船を見せてもらいに行く。
レイノスとの違いは漁船が多いことだな。
港を拡張する余地はありそうなので、貿易が盛んになって手狭になったら開発すればいい。
発展する未来が見えるとワクワクするなあ。
「この船だ」
「白くて綺麗な船だねえ」
「素敵です!」
貨物船ほどじゃなくても大きい船だ。
んー? でも飾りかな?
不必要な部品がたくさんくっついてるような。
立派だけどスピードは出ないんじゃないの?
「この船でフェルペダまでちょうど一日なんだ」
「そーか。フェルペダとの行き来にしか使わないなら、スピードにはさほどメリットがないのか」
「うむ。ある程度の体裁が必要ということもある」
ふーん、ウルリヒさんあんまり体裁とか気にしないタイプだと思ってたけど、帝国の大貴族としての立場があるからかな?
それともフェルペダが相手の格好で見定めようとする国だからかな?
「頑丈は頑丈だぞ」
「なるほど、強度は重要なメリットだね」
「あっ、領主様?」
不意に声をかけられる。
船員さんだ。
「お出迎えできず申し訳ありませんでした! 出発は明日でしたよね?」
「そうだ。船長のゴルタはいるか?」
「呼んできます!」
すっ飛んでく船員。
危ないぞ?
転ぶなよ?
「大きな鳥がいますね」
「あたしもさっきから気になってたんだ」
潮風に乗って気持ち良さそうに飛んでいる白い鳥がたくさんいる。
かなり大きいな。
翼を広げた幅は一ヒロ近くありそう。
かなり近くまで寄ってくる。
「キールカモメだ。通常この種の鳥は渡り鳥なんだが、キールカモメは近くのいくつかの無人島に巣があって、年中生息しているのだ」
「人懐こいですね」
「ハハッ、漁師に魚をもらったりしているからな。キールの象徴的存在だよ」
「そうなのかー。おいしい?」
「「えっ?」」
「食べでのあるサイズだから、昼御飯にどうかと思って」
動物や魔物をまず美味いか不味いかで分類するのは、あたしのクセみたいなもんだ。
ルーネが得体の知れないものを見るような視線を寄越すんだが?
ルーネにそーゆー目で見られたの初めてだな。
「……動物食の強い雑食だからどうだろう?」
「ユーラシアさん、キールの象徴ですよ?」
「冗談だとゆーのに。あたしだってこんな無警戒に近付いて来る鳥を御飯にするつもりはないわ」
「ですよね」
「でも美味かったら餌食だぬ!」
アハハ、ヴィル正解。
まー多分おいしくないから狩られないんだろう。
昼御飯には不合格だ。
あ、さっきの船員に連れられて誰か来た。
船長さんかな?
「ウルリヒ様、お待たせいたしました」
「ゴルタ、忙しいところをすまんな。フェルペダ行きに同行するメンバーを紹介しておこう。こちらがユーラシア君と悪魔のヴィル様だ」
「ユーラシア……あのヤマタノオロチを倒したとの噂の?」
「そうそう、こんなところまで噂が広がってるのか。ドーラの美少女冒険者だよ。よろしくね」
「よろしくお願いしますぬ!」
「そちらがルーネロッテ嬢。父親のドミティウス殿下とともに参加する」
「初めまして。御機嫌よう」
「これは御丁寧に」
船長さんの手を破壊しないようにかるーく握手。
「本日こちらにおいでになられたのは、他にも用がございましたか?」
「いや、ユーラシア君が船を見たいと言うのでな」
「とゆーか、ヴィルに船を覚えさせておきたかったんだよ。でないと転移できないから」
「ああ、そういうことだったのか」
「どういうことですかな?」
これは理解できまい。
船長さんに説明と。
「あたしはヴィルの行けるところなら、どこにでも転移できるんだ。最初にフェルペダに入国する時は船に乗ってた方が印象がいいかと思って」
「つまりどういうことですかな?」
「明後日フェルペダに着くんでしょ? あたしとルーネとお父ちゃん閣下は、上陸する直前に船に転移するってことだよ」
「な、なるほど、常識では測りがたいですな。……ウルリヒ様はどうされます?」
「俺は普通に明日乗船するぞ。随員もいるからな」
「了解です。つまりドミティウス様ルーネロッテ様ユーラシア殿に関しては、船側で飲食や宿泊の準備は必要ないということですな?」
「うん、必要ない」
納得していただけたようだ。
急に同行者が増えて迷惑かけると申し訳ないからね。
めでたし!
ウルリヒさんが言う。
「ゴルタ、航海に支障のある問題は起きていないか?」
「特にありません。穏やかな天候と波が続くと思われます」
「滞在の予定はどうなってるの?」
「二日後の午後に到着、宿泊だな。三日後に会談の予定、一日予備日があって、五日後に帰途に就くことになるが、キール引渡しの件があるから帰領は早めるかもしれん」
「大体予想通りだな。じゃあ二日後、アンヘルモーセンから帰ってお昼御飯食べたら転移してくるね」
不思議そうな顔をするウルリヒさん。
「アンヘルモーセン? テテュス内海の商業国だな? 何の用があるんだ?」
「お使い頼まれてるんだ。帝国とガリアの親書を届けるっていう」
「ハハッ、世界を股にかけた活躍か。ユーラシア君らしいじゃないか」
「ユーラシアさん、アンヘルモーセンには私も連れていってくださいよ」
「んー? ちょっと危なくなる予定なんだけどな。ま、お父ちゃん閣下も行くからいいか」
ヴィルを連れてたら天使に絡まれるから、やっつけて主導権を握ってしまえとゆー、実にあたし好みのプランなのだ。
大雑把もいい加減にしろって?
あたしが考えたんじゃないわ!
ガリアの王様に文句言え。
「ではゴルタ、俺は帰る。準備を進めてくれ」
「はっ!」
「じゃ、ウルリヒさん。宮殿に連れてくね。ヴィル、よろしく」
「わかったぬ!」
よしよし、ヴィルはいい子だね。




