第172話:大きいつづらと小さいつづら
「地上では、とゆーかドーラのノーマル人は魚をほとんど食べないんだよ。海藻も同じだな。うちでは食べるんだけど、他に海藻を食べる人って見たことない」
「何故じゃ? 貴重な食材であろうに」
「海の一族の怒りを買ってはいけないってことで、地上で漁業は発達してないんだよ。日常的に魚食べてるのは、川魚を取って食べる習慣のある山間部とか、レイノスの船乗りくらいじゃないかな」
ドーラ人は海自体をタブー視してるからな。
ただうちでは昔から魚も貝も海藻も食べる。
何でかよくわからんけど。
女王はあたしの話にかなり驚いたようで、少し身体を反らす。
「さようであったか。知らなんだわ」
「でも食べつけないだけで、嫌いなわけじゃないと思うんだ。一発目のどっかん魔法の時に津波が起きてさ。たくさん魚が打ち上げられたんだよ。それを一夜干しにして配ったら、皆すごい喜んでくれたから」
「ほう、魚は生か焼きかが最も美味いと思うがの」
うむ、新鮮な魚ならばそうだろう。
でもあたしも生魚は食べたことないな。
「魚を食べる習慣がないところに生で食べろって、かなりキツいんじゃないかな。最初は加工品から消費者を慣らしていくのがいいと思うよ」
「……改めて言われてみると、我らにはあまり魚の加工品を作る文化がないのじゃ。工夫せねばならんの」
新鮮な魚を年中獲れるなら、加工品なんか必要ないとゆーことかな?
「色々考えてみてよ。あと考えなきゃいけないのは販売ルートだけど……」
どーしろとゆーのだ。
最初から亜人差別の激しいレイノスに手を出すのは無謀。
ならば西域の海に近いところか?
西域の自由開拓民集落群は人口が少ないし、生活カツカツで食べてくのに精一杯と聞いてるがなあ。
大体あたしに伝手がないし。
「……カトマスが一番売れそうな条件を満たしてるかな。アンセリに渡りをつけてもらえばなんとか? でもあたしもカトマス行ったことないから、状況わかんないし……。輸送手段があるならカラーズもありっちゃありだけど……」
カラーズも今内部で交易が始まったばかりだし、大体ビンボーだしな?
魚売ろうったって難しいだろ。
すぐにどうにかするには条件が足りない。
「うーん、ひとまず保留だな。ごめんね。あたしも海の王国と交易を行うことは有意義だと思うから、いずれ何とかしたい。でも今はまだ成功のビジョンが見えないな」
「こちらは商品として出せるものを開発せねばならぬな。わらわ達は皆で知恵を出し合ってみるぞよ」
結論の出ないことを考え続けていてもムダだ。
新しい発想なり知識なり、あるいはきっかけなりチャンスなりがないとね。
「ごちそーさま。フルコンブはメッチャ美味いとわかった。今日最大の収穫でした」
「うむうむ、そうであろう!」
女王得意げだな。
女王の旗振りで品種改良した海藻なのかもしれない。
「さて、おんしはこれからどうするのじゃ?」
「今日は帰ってもあんまりやることなさそうなんだよね。商店街見せてもらってもいいかな?」
「うむ、大事な客人であるから、わらわが案内しよう」
五番回廊から商店街へ。
「あっ、女王様!」
魚人の売り子が跪く。
「よいよい、商売に精を出せ。こちらは地上の友人じゃ。これからも商店街に足を運ぶこともあろうゆえ、粗相があってはならぬぞ?」
「はっ、皆に通知を出しておきます」
結構広い。
大広間の天井の高さもヤバいと思ったけど、全体ではかなりの面積になるよなあ。
さすが海底の城は魚人文化の中心地だけのことはある。
うちの子達ももの珍しそうに店の様子を眺めている。
「海産食材の店が多いでやすか?」
「当たり前っちゃ当たり前だけど、魚や貝以外のものもあるなあ」
知らん食材も多い。
食べてみたいけど、調理の仕方がわからんな。
まあいい、今日は商店街の把握に努めるべし。
「どれもおいしそうな魚です」
「フライにしてマヨネーズがメイビーグッドね」
「揚げりゃ魚食べたことないドーラ人でも絶対食べられるな」
干した海藻を売っている店がある。
フルコンブもあるわ。
……一枚一〇〇ゴールドか。
かなりいい値段するんだな。
「フルコンブは最高級品だからの」
「うーん、でも一枚買ってく」
「「まいど!」」
店主と女王の声がハモる。
あんたら商売大好きだな。
フルコンブはメッチャおいしいので、海の王国にはこんなものがあるんだという紹介にはいいかもしれない。
一本奥の通りに入る。
こちらは食料品以外の店が多い。
「変わった服を売ってるねえ」
「我らは基本、服を着たまま泳ぐでの。地上の服と違うのは当然じゃ」
「あ、じゃあ濡れてもいいのか。使いどころがありそーだな」
「いや、これらの服はおんしらには向かんぞ」
「どうして?」
女王は表情の読みにくい顔を向ける。
「太陽の光で劣化するのが早いのじゃ。海ならばよいが、地上人にはちと勧められん」
「そーだったか。ありがとう」
勧められないものは売らないって、できそうでなかなかできないことだ。
女王は商売人としてしっかりしてる。
金物屋で、クララが魚用の薄くて細長い包丁に興味を示している。
生魚を薄く切るのに適しているのか。
しょっちゅう魚食べるようになったら買おうね。
「姐御、素材屋がありやすぜ」
「本当だ。海でしか手に入らない、今まで見たことのない素材もありそーだな。欲しいね」
「素材? 素材なんかどうするのじゃ?」
女王が不思議がる。
わからんだろうなあ。
普通冒険者にとって素材は売る対象だし。
「パワーカードって、製作するのにかなり素材を消費するんだよ。工房に素材を持っていくことにしてるの。だから素材はいくらでも欲しいな」
「何じゃ、そういうことならばおんし達への礼は素材にしようかの」
「礼?」
「うむ、この前はわらわの求めに応じて来てくれたし、今日は約を違えず肉を持って訪れてくれたじゃろう?」
「いやそんなのべつにかまわないからいいのにえどうしてもわたしがうけとらないとじょうおうのきがすまないってそこまでいうならもらうよありがとう」
首をかしげる女王。
「……気持ち、早口じゃったか?」
「気のせいだと思うよ」
「では大きいつづらと小さいつづら、どっちがいい?」
「両方もらう」
「ユー様お待ちください」
何だろう?
今のやり取りに考える余地があっただろうか?
間髪を入れず『両方』と答えるのがユーラシアクオリティです。




