第132話:誰かを信じなきゃいけないなら
ハイプリーストが気を取り直したように言う。
「あれ、かなりの高位魔族なんだろう?」
「うん。レベル五〇近いね。あたしよりもよっぽどレベル上だわ」
「高レベルの悪魔を従わせるなんてすごいな。教団でもミスティ様がいなかったら捕まえることなんかできなかったぞ」
もっと尊敬していいんだよと言いたいところだが、このハイプリーストは冗談通じなさそうだしな。
「悪魔が人の感情を糧にする、ってことは知ってる?」
「悪感情を、だろう? 悲しみとか絶望とか」
「ふつーの悪魔は悪感情を好むらしいけど」
あたしは首を振る。
ヴィルの弁護しといたろ。
悪魔を嫌う聖火教徒に言ったってムダかもしれんけどな。
「ヴィルは違うんだよ。喜びとか満足感とかの好感情が好きなんだ。だから人と共存できる存在のはずなのに、悪魔だからって誰にも信用されなかったの」
「そんな悪魔がいるのか」
「まー人間でも変わり者はいるからね。一方で変わった嗜好だから悪魔達からも除け者にされる、可愛そうな子でさ」
「……」
ちょっと話盛ってるが構わんだろ。
ヴィルがいい子なのはその通りなのだ。
「あたしらだって悪魔なら何でもよかったわけじゃない。ヴィルがいい子だから仲間にしたんだよ。ヴィルも好感情を摂取できて嬉しいわけじゃん?」
「だからレベル差にも拘らず、君達の仲間になったのか」
「ヴィルの心情は聞いてないけど、多分そーゆーことだと思う。聖火教には聖火教の教えがあるだろうから、悪魔を認めろとは言わない。でも悪魔にも色々いるんだってことは知ってて欲しいな。悪魔って括りで一緒くたに判断するのはどうなんだろ?」
「お、おう」
よーし、何となくいい話っぽくまとめたったぞ。
ハイプリーストの目が泳いでる。
ハハッ、価値観を揺らしてやったわ。
「ところでここって、地理的にはアルハーン平原のどの辺なの? あたしこの前も今日も転送で来たからわかんないんだよね」
「カラーズの集落群とレイノスを結ぶ道上の、ずっとカラーズ寄りのところだぞ。カラーズまで大体強歩二時間ってとこか」
あれ、カラーズからメッチャ近いんじゃないか。
歩いてここまで来ようとすると魔物が出るかもしれないとはいえ、知らなかったよ。
「ここ信者さんとか結構集まるんでしょ? 食品とか必要なものとかどうしてるの?」
「レイノスで買出しだな」
「マジか。遠いよ! そりゃ大変だわ」
ハイプリーストは諦め顔だ。
「といってもな。この辺りも土地は肥えているんだが、魔物がいるから畑を広げるのはちょっと難しいんだ」
「そーだ、柵の外には魔物いたな。だからたまに聖水を撒いてるんだ?」
「ああ。カラーズから買おうにも、どこの村も他所者に冷たいだろう? ものなんか売ってくれないから仕方がない」
「売るようにするから、カラーズでも買ってよ」
「精霊使いは灰の民だったか? 食料だけでも売ってくれればありがたいが……」
「今カラーズで、仲良くしようぜ外にもの売ろうぜって気運があるんだ」
「ほう?」
ハイプリーストは興味を示したようだ。
「最初はカラーズ部族間で小規模な取り引きから始まるだろうけど、他所の人に売らないなんてことはないから」
「レイノスより安そうだし、魔物や盗賊のリスクが減るのはありがたいな。取り引きが始まったら教えてくれ」
「オーケー。具体的には何が必要なの?」
「一番必要なのは食料品と蝋燭だな」
「食料品は用意できるけど蝋燭はどうだろうな? 聞いとくよ」
ハイプリーストが不思議そうな顔をする。
「精霊使いは冒険者だろう? 何で商売事に首を突っ込むんだ?」
「冒険者は本業ってわけじゃないな。冒険者になっていろんなところ行けるようになったら、ドーラがもっと暮らしやすいところにならないかなーって思うようになってさ。今はカラーズ各部族の商売がうまくいって発展するのが嬉しいんだ」
「精霊使いユーラシアと言えば、今一番名前を聞く冒険者だろうに」
おっとあたし有名人。
「まあともかく面白い話を聞いた。カラーズには注目しとくよ」
「よろしくね。ところであんたの名前は?」
「俺か? ワフロスだ」
「ありがとう。あたしモブの名前覚えられないんだけど」
途端に色をなすハイプリースト。
「どうして聞いたんだよ!」
「あたしが名前覚えられるくらいの大物になってよ」
「お、おう」
「じゃあね、ワッフー」
誤魔化したった。
さて、長老とミスティさんの方はどうなったかな。
お? ちょうど切りのいいところみたいだ。
「ユーラシアさん、ありがとうございました」
「いいんだよ。これで借りは返したからね」
「はい、ついでにもう一つ頼まれてください」
「何だろ?」
「これを」
ケイオスワードの文様の描かれた重い石だ。
転移石碑か?
クララに目配せすると小さく頷く。
「転移位置を決めるビーコンです。これを山の集落のどこかに設置しておいていただけませんか? そうすれば私も向こうに飛べますので」
ただのビーコンなのか?
確かに魔力は感じないし、魔力を取り入れる機構もないようだが。
ふうむ?
「どうかされましたか?」
「聞きたいことがあるんだけど」
「何でしょう?」
「これはいつでも壊せる位置に設置した方がいいかな?」
ミスティさんの顔が警戒の色に染まる。
「……はい」
なるほど、やはり。
「だったらあたしの方からも一つお願いがあるよ。いいかな?」
「何なりと仰ってください」
「あたしがミスティさんに緊急で連絡取りたい時、悪魔ヴィルを寄越すから、一度だけ礼拝堂に入るのを許して欲しい」
どう答えるだろう?
ミスティさんは厳しい表情のまま答えない。
「聖火教の教義に反しますので!」
お付きの修道女がヒステリックな声を上げるが、ミスティさんが言葉を発しない理由はおそらく教義とは関係ない。
「誰かを信じなきゃいけないなら、精霊使いユーラシアを信じなよ。その方があたしも気分良く働けるからさ」
ミスティさんの表情が急に柔和になる。
「確かに。ユーラシアさんを信じましょう。その条件でよろしくお願いします」
周りの面々はわけがわからないといった雰囲気だ。
しかしあたしとミスティさんの間に、何らかの協定が結ばれたのは察しただろう。
「わかった、じゃあね。長老さん、クララ、戻ろうか」
転移の玉を起動し、一旦ホームに戻る。




