第129話:百獣の王のポーズ
――――――――――三七日目。
「御主人!」
翌朝にチュートリアルルームを訪れると、意外なことにヴィルはまだ大人しく待っていた。
飛びついてきたヴィルをぎゅっとしてやる。
「ユーちゃんが御主人なのね?」
「そうそう、うちの子。昨晩はおりこうにしてた?」
「はいだぬ!」
「とても大人しくしてたわよ。お泊まりしてお迎えが来るというのが気に入ったみたい。朝にユーちゃんが迎えに来るよって言ったら、じゃあ待ってるぬって」
「そーかそーか、可愛いやつめ」
よしよし、いい子だね。
もう一度ぎゅっとしたろ。
レベルがあたしよりずっと上だろうが、可愛いもんは可愛い。
「じゃあ帰ろうか。バエちゃん、ありがとうね。また来るよ」
「御主人、ヴィルはこのまま偵察任務に出動するぬよ?」
あんたに聞きたいことがあるんだよ。
察しろ。
「ヴィルはまだうちの畑番の精霊カカシに会ったことないでしょ? 紹介するからおいで」
「わかったぬ!」
バエちゃんに別れの挨拶をし、転移の玉を起動して帰宅する。
◇
「おお、めんこい悪魔もいたもんだ。オイラは涅土の精霊カカシ。よろしくな」
「わっちはヴィルだぬ。よろしくぬ!」
「ヴィルにはあちこち飛び回って、情報収集と偵察をしてもらうんだ」
「ほお、重要どころを任されてるじゃねえか。大したもんだ。頑張れよ」
「頑張るぬ!」
この二人の相性も良さそうで安心だ。
農作業の大部分をカカシに任せることができると、うちのパーティーのクエストにかけられる時間は増える。
そしてヴィルの情報収集が機能し始めると、もっと戦略的に動くことが可能になるんじゃないかと思う。
配られた『地図の石板』のクエストを受動的にこなすだけではなく、あたしのやりたいことのために行動できるということだ。
面白くなってきたなあ。
「カカシー、今あたし達がやらなきゃいけないことって、何かある?」
「特別ねえな。タマネギは順調、サツマイモの収穫は二週間後から順次、秋ジャガの収穫はもう少しあとだ」
「オーケー、頼むね。じゃあヴィルはおうちにおいで」
「はいだぬ!」
ヴィルを連れて、皆の待つ家の中へ。
「はーい、幼女悪魔ヴィルちゃんの登場でーす! 格好いいポーズお願いしまーす!」
「へ?」
だからそこは『ぬ?』だろ。
一瞬呆然としたヴィルだが、すぐさま顔の両脇に指を曲げた手を添え、今にも飛びかからんとする体勢をとる。
「百獣の王のポーズぬ!」
それは格好いいポーズじゃなくて可愛いポーズだ。
「はい、余興はここまでにして」
「よ、余興ぬ?」
「余興だね。本番はこれから」
早くうちのノリに慣れようね。
「ヴィルに聞きたいことがあるんだよ。昨日のバエちゃんとこのチュートリアルルーム、あそこはどういう空間なの?」
「こことは違う、亜空間に浮かぶすごく小さい実空間ぬよ?」
「あたし達がヴィルと会ったところみたいな?」
「そうだぬ。でもわっちの家よりも、もっとずっと小さいぬ」
ふむふむ、ダンテの言うこととほぼ同じだな。
どうやらそれが真実で間違いない。
「ヴィルの力で、他の実空間を見つけることはできるの?」
「ムリだぬ……」
実空間は亜空間の中を漂う泡のようなものだという。
あたし達の世界があるようなバカでかい実空間は稀にしかないが、小さな実空間は無数にあるのだとも。
チュートリアルルームやヴィルの家、そしておそらく本の世界も同じような小さな実空間なのだろう。
転移や転送は異なる実空間であっても自由に行うことができると。
大分わかってきたぞ?
「互いの実空間の位置関係がわかってれば、ワープすることはできるぬ。でも知らない空間を探すことは、特殊な能力持ちじゃないとできないぬ」
「なるほど、じゃあちなみにヴィルはどうやってヴィルの家を見つけたのかな?」
「偶然だぬ。わっちは時々亜空間に行くことはあるんだぬよ? でも実空間を見つけたのは一回きりだぬ」
「うん、ヴィルありがとう」
面白いな。
つまり闇雲に亜空間中を探してたって、そうそう都合のいい実空間など見つからないとゆーことだ。
ならばバエちゃんとこの世界には実空間を見つける能力者がいるか、あるいはその類の装置か何かがあると考えるのが妥当だ。
「少しわかってきたよ」
「何だぬ? あのお姉さんは怪しいのかぬ?」
ヴィルが不安げな顔になる。
「バエちゃんは友達だよ。裏があるような性格じゃないけど、バエちゃんを雇ってる組織はかなり怪しいかなと思ってる」
「くわ?」「ワッツ?」
アトムとダンテが驚く。
バエちゃんの世界についての話はクララ以外としたことなかったな。
「『アトラスの冒険者』はサスピシャスね?」
「亜空間中の小さな実空間見つけてチュートリアルルーム作るとか、遠隔で転送先書き換えることができる魔法陣とか。派手なオーバーテクノロジー見せられて、怪しまない方がおかしいでしょ。進んだ技術以上にもっとわからないことがある」
「何でやす?」
「目的だよ。物事衝動や反射で動くんじゃなければ、必ず目的があるもんだ。バエちゃんとこの世界がこっちの世界に、『アトラスの冒険者』みたいな組織作って維持するのは何故か。得がありそうな気がしないんだよね」
この辺は仮説があるにはあるのだが、推測が多過ぎて根拠のある説ではない。
混乱させるだけなので今は伏せておくことにする。
「メリット……」
「確かに得しないことなんてやらねえよなあ」
アトムやダンテも『アトラスの冒険者』のおかしさに気付いたようだ。
「じゃ、じゃあわっちはどうしたらいいのかぬ?」
「こら、うろたえない。あたし達の身の振り方を考える上で、『アトラスの冒険者』の正体を暴くことは重要じゃないの。気にはなるけど、むしろどうでもいい方。あたし達自身の生活が第一で、目先のクエストやドーラの行く末、カラーズ各部族のあり方を考えることがそれに次ぐんだよ。ヴィルは指示したことをしっかりこなしてくれればいい。ムリはダメだぞ」
「わかったぬ!」
ヴィルは安心したようだ。
『アトラスの冒険者』がどうのなんて、あたしが詮索好きだから気になるだけだもんな。
「はい、ここまで。今の話は他言無用でーす。さて、帝国の山岳地帯のクエスト行くよ。ヴィルは偵察頼むね」
「「「了解!」」」「了解だぬ!」
他言無用なんてわかってると思う。
話す機会もないだろうけど一応ね。




