第125話:クララとユーラシア
夕食を終えたあと、就寝前のひと時。
私にとって、一日の中で最も安らぐ時間帯です。
ぬるめのハーブティーをいただきながら、ユー様と雑談に興じます。
「今日は長い一日でしたね」
「マジでそう。一つクエストが無事終わったと思ったら、メインイベントが起きるのでした。驚きの二段構成」
悪魔をめぐる戦いのクエストがヴィルを仲間にしたことで完了。
と思いきや、まさかの転移事故で聖火教との関わりができました。
もっと驚くべきことに、礼拝堂で『地図の石板』を渡されて、さらに関係したクエストが連続しそうな気配なのです。
「これから聖火教との関わりが多くなっていくんでしょうか?」
「どうだろうな? うちはヴィルを仲間にしたから、悪魔を嫌う聖火教とは縁遠いと考えるのが普通ではあるよね」
「ユー様楽しそうだったじゃないですか」
「わかっちゃう? あのハイプリーストはわからんちんだったけど、お約束をわかってるやつだったからなー。最後の下っ端臭のプンプンする捨てゼリフなんか心憎いばかり。エンターテインメント的にはまた聖火教と絡みたいね」
ユー様はエンターテインメントの比重をかなり重く見る人です。
「明日早速新しい転送先に行ってみますか?」
「いや、明日確認しときたいことがあるんだ。アルアさんの工房も行きたいし。帝国の山は明後日に行こう」
確認? 何でしょうね。
あれ、珍しくユー様が何か考え事をされているようですが?
「クララ」
「はい?」
「今日ダンテが、ヴィルの家がチュートリアルルームに似てるって言ってたの覚えてる?」
「はい、もちろん」
特別引っかかるポイントとも思えませんでした。
ユー様は何を?
「明日ヴィルを連れてくと、もう少しチュートリアルルームについてわかることが増えると思うんだ」
驚いた、ユー様はそんなことを考えていたのですか。
確かにチュートリアルルームには不明な点が多いです。
「チュートリアルルームはおそらく、こっちの世界とは切り離された異空間なんじゃないかな。バエちゃんとこの世界の一部なのか、そっちとも離れてるのかはまだ結論を出せないけど」
「ユー様のカンでは?」
「多分バエちゃんとこの世界とも違う空間なんだと思う」
断言に近い口調です。
こういう時のユー様は確固とした根拠があります。
どう考えているのでしょうか?
「向こうの世界が何の目的があって、『アトラスの冒険者』みたいなどう考えてもおゼゼのかかる事業をやってんのか。まだサッパリじゃん?」
「ええ」
「理由もいずれ解き明かすとして、向こうの世界は『アトラスの冒険者』の管理についてはすげー気を使ってるはずなんだよ」
「どういうことでしょう?」
ちょっとユー様の言いたいことがわからない。
「歴代の『アトラスの冒険者』のメンバーが誰一人向こうの世界の存在に気がつかなかったとか。あるいは向こうの世界に行ってみようと思わなかったとか。そんなの考えられんもん」
「イシンバエワさんの言葉の端々から気になりますもんね」
「でしょ? でもバエちゃんでチュートリアルルームの係員が務まるんだぞ? ならバエちゃんを脅そうが何しようが、絶対にチュートリアルルームから向こうの世界に行けない仕掛けがあると考えるのが普通じゃないかな」
「なるほど。例えば?」
「やっぱりチュートリアルルームは向こうの世界と繋がってない。だからチュートリアルルームの壁を破壊しようが、向こうの世界には到達できない。一方で向こうの世界からチュートリアルルームに来る転送魔法陣はある。向こうの世界に帰るための手段も存在しているけど、バエちゃんはそれを持っていない。ってことだったら説明はつくね」
「今までのイシンバエワさんの話からすると、前任のチュートリアルルーム管理人シスター・テレサは数年間勤務していたようです。『アトラスの冒険者』以外にはほとんど外界と接触がなかったのではないかと思われます」
「うんうん、推論の根拠が補強されるわ」
ユー様が満足げですね。
「となると、赤眼族との関係はどーなるかな?」
話が飛ぶのもユー様の特徴です。
私は以前イシンバエワさんにいただいた本『亜人の習俗』の一節を思い出します。
赤眼族は神に反逆し、追放されし部族なり。
赤き瞳具え、性酷薄にして猜疑心強し。
他部族と馴れ合わず、戦う様苛烈たり。
「赤眼族は全くの無関係の可能性が高いですよ? 特にイシンバエワさんの出自がドーラと全く関係ない異世界とするならばですが」
「とも限らないんじゃないかな?」
ユー様にはドーラの亜人と異世界人を結びつける仮説があるようです。
何でしょう?
「バエちゃんが『神』の一族とは考えられないかな?」
「えっ?」
ユー様が笑って付け足します。
「神って言っても、あたし達のイメージする全知全能の存在や、土地神みたいな地方信仰の対象じゃなくてさ。すごく進んだ文化・文明を持った一族を『神』という言葉で表してるんじゃないかな。神の世界から政争なり犯罪なりでこっちの世界に追放されたのが赤眼族」
「……」
私は声も出ない。
「って考えるのが、今んとこ一番矛盾がないかなと思ってる」
ユー様がこっちを向いてニヤッとします。
「ヴィルはね、可哀そうな子だよ。どれくらいの年月を存在してたかわからないけど、今まで満たされることがなかったんだ。これからいろんな人に紹介してやろう。こういう悪魔もいるんだよってね」
唐突に話題が変わりました。
これもまた、ユー様が私に聞かせておかねばと感じたことなんでしょう。
「ヴィルの情報があれば、あたし達はもっと自由に動けるよ。デス爺とパラキアスさんには早めに紹介しておきたいんだけどなあ。ヴィルの動きがあの二人に制限されるとこっちが困る」
何だろう?
ユー様がヴィルの話をすると胸が締めつけられる気がします。
私はヴィルに嫉妬しているのでしょうか?
ユー様は私のものというわけでもないのに。
「クララ」
ユー様が起き上がって私をぎゅっとしてくれました。
「ユー様?」
「今はこうしなきゃいけない気がするの」
とても温かいです。
私のモヤモヤした気持ちにいち早く気付いてくれたのでしょう。
とてもユー様には敵わないです。
私のことを誰よりも理解し、大事にしてくれます。
「明日からも頑張ろうね」
「はい」




