第9話 校長とアン
『ギィー』
校長室の扉が開いた。
入ってきたのはアンだった。
「忘れ物かしら?」
私が聞いた。
「いえ、違います。差し入れに来ました」
アンが言う。
「はい、お婆様。コーヒーです」
アンが私にコーヒーを差し出した。
「・・・ありがとうございます」
私はコーヒーに口をつける。
「・・・」
コーヒーの苦みが私を悪い妄想から現実に連れ戻した。
「少しは落ち着きましたか?」
アンが聞いた。
「はい。ありがとうございます」
私が礼を言った。
「何を悩んでいるかは知りませんが、心配事の九割は起こらないと言います」
アンが笑顔を見せる。
「ほら、笑って。きっと、大丈夫です」
アンは私を気遣ってくれていた。
「・・・そうですね」
シルベ村の惨劇から十年。
クロイツ家はそれ以降目立った動きを起こしていない。
(けれど、警戒を怠ることはできない)
私は気持ちを引き締める。
「えいっ」
「ん!」
アンが私の口にクッキー突っ込んだ。
「また、怖い顔してます」
「これは元からです」
「それは失礼」
アンが笑う。
「ふふ」
それ釣られて私の頬も少し緩む。
「元気になって良かったです」
そう言ってアンが私から離れる。
「そろそろ戻りますね。寂しくなったいつでも呼んだください。すぐに駆け付けるので」
アンが去り際に言った。
「私なら大丈夫ですよ。アン・・・あなたは家に縛られる必要はありません」
私が自由奔放な孫娘に言う。
「あなたの好きなように生きてください」
それは何の取り繕いもない私の本心だった。
「・・・ありがとうございます」
アンは振り返ることなく言った。
・・・。
・・・。
心配事の九割は起こらない。
それは事実だった。
私の心配のほとんどは杞憂で終わった。
けれど、一割は・・・現実となってしまった。
それは、まだ先のお話。




