第30話 地図の北に灯る印
見えている景色がすべてだと、いつの間にか思い込んでしまう。
けれど、地図を広げたとき、知らなかった世界が広がることがある。
そこに灯る印は、過去から未来へと続く小さな道標なのかもしれない。
「こんばんは。こちら、終末ラジオ放送局」
レイの少し落ち着いた声が響く。
「さて……今日は例の準備の話だな」
マリが笑い混じりに相槌を打つ。
放送室の机には、古びた紙の地図が広げられていた。線路や道路、街の区画がかすれたインクで記されている。ところどころに赤い印が走り書きのように残され、誰かが使っていた気配があった。
「この地図、意外と役に立つわね。見て、ここ」
レイが指で北の方角を示す。
「おぉ……街に入ってきた時は見なかったけど、意外と大きなショッピングモールがあるんだな」
マリが感心したようにのぞき込む。
「外から見たときは、そんなに大きな街じゃないと思ってた。広がった街並みと低い建物ばかりだったし……」
「けど、こうして改めて地図で見ると、まだまだ隠れてる場所があるのね」
マリが少し声を弾ませる。
「じゃあ位置は……ここから北かな? 思ったより近いし、行けそうだ」
「そうね。距離的にはホームセンターよりちょっと遠いくらいかしら。往復なら一日でなんとかなる」
レイは淡々と計算しているように見えるが、どこか目が楽しげだった。
「なんか、いい物見つかるといいな」
マリの言葉に、レイも頷く。
「ええ。防寒具もそうだし、生活に必要な物もまだまだ揃えたいしね」
二人は少し沈黙して地図を見つめる。薄暗いランプの光に、紙の上の北のモールの文字が浮かび上がる。
それはまるで、忘れられた街の奥に灯った小さな希望の印のようだった。
「ねぇ、レイ」
「何?」
「荷車、ちゃんと使えるかな。前に持ち帰ってきたやつ」
「大丈夫よ。点検は後で私がやっとくわ」
「さすが頼れるレイさん」
「ふふ。荷物を詰めすぎないように注意してよね」
二人の笑い声が、放送室の静けさに柔らかく響いた。
「さて……レイ、今日は何かニュースはあるの?」
マリがわざとらしく尋ねる。
レイはうっすら微笑んで、手元のメモをめくった。
「今日のニュースです。この一週間、畑には異変なし。今回も侵入された形跡はありません」
「よしよし。せっかく柵を作ったんだし、しばらくは静かにしててもらわないとな」
マリの声は安心で少し明るくなる。
「それと……倉庫の片隅で、まだ使えそうな工具が少し見つかりました。小さいことだけど、積み重ねは大きな力になるわ」
「おぉ、それも大事なニュースだな」
マリが大げさに拍手の音を立てる。
二人は視線を交わす。次の遠征に向けて、確かな準備が進んでいることを確認し合う瞬間だった。
マリ「地図の北に、まだ行ってない場所があるって……ちょっとワクワクするよな」
レイ「ええ。でも油断は禁物よ。希望と同じくらい、危険も潜んでるかもしれない」
マリ「……分かってる。でもさ、こうやって“印”を辿っていくの、ちょっと冒険みたいでさ」
レイ「ふふ。まるで子供の頃の宝探しね」
マリ「じゃあ今度は、北の宝探しだな!」




