第2話 廃墟に落ちていた雑誌
前回の放送から三日後。
レイが街で拾った古い雑誌には「2020年、今年は飛躍の年!」と書かれていた。
世界が終わった今、その言葉はただの皮肉にしかならない。
放送局の窓から差し込む光は、今日もどこか鈍く濁っていた。
電波塔がまだ動いているのかどうかもわからない。
それでも、三日ぶりの放送を始める。
「……こちら、終末ラジオ放送局。生き残ってる誰かに、こんばんは」
落ち着いた声でマイクに語りかけるのはレイだ。
「おーい!三日ぶりだぞー!聞いてるやつがいたら手ぇ挙げろ!」
隣でマリがふざけた調子で叫ぶ。もちろん返事なんてない。
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「そういえばね、さっき街を歩いてて、古い雑誌を拾ったの」
レイがテーブルに置かれた一冊をめくる。表紙はすっかり色あせていた。
「おっ、なんだなんだ?」
「“2020年、今年は飛躍の年!”って書いてあったわ」
「……飛躍どころか墜落したよな、人類」
マリは爆笑し、レイも少しだけ肩を揺らす。
「でも、文字がまだ読めるのは奇跡ね。紙って強いのね」
「おう、終末に残るのはコンクリとゴキブリと紙だな」
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「それじゃあ、ここで今日の“終末ニュース”です」
マリがラジオDJぶって声を張り上げる。
「ニュースその一! 市街地の交差点で、野良犬の群れを発見しました!
十匹くらいで走ってて、めちゃくちゃ元気!」
「犬は強いわね。人間よりよっぽど逞しい」
「ニュースその二! その犬たちに吠えられて、私が全力疾走しました!」
「……ニュースじゃなくて体験談ね」
「いやいや、大ニュースだろ!走ったら息切れして、死ぬかと思った!」
レイは苦笑しながらも、ノートに「野良犬の群れ、街の北側に移動」と書きつけていた。
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「ニュースも終わったけど……次は何しようか?」
レイがマイクを見ながらぼんやり言う。
「そしたら、いつもの“妄想お便りコーナー”でもやりますか!」
マリが元気よく手を挙げる。
「……妄想って自分で言っちゃうのね」
「いいじゃん、正直で!じゃあいきます!今回のお便りは〜!」
マリはわざとらしく咳払いしてから、放送っぽく声を張る。
「ラジオネーム・夜更かしゾンビさんから!
“もし生き残りに会ったら、最初に何を話しますか?”」
「……“こんにちは”かしら」
「つまんねぇなぁ。私は“お菓子持ってる?”って聞く」
「大事なことではあるわね」
「だろ?生き残りよりお菓子のほうがレアだからな!」
二人はまた笑った。
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「……さて、今日の放送もそろそろ終わりね」
「三日ぶりだったけど、意外と喋ることあるな」
「取り留めもない話でも、声にして残せば意味になるわ」
「そうそう!このどうでもいい放送が、人類最後の記録になるかもな!」
灰色の世界に、二人の笑い声が響いた。
それは確かに、記録のひとつになっていた。
――放送後。ラジオブースにて。
マリ「なぁレイ、正直言うとさ……犬に吠えられたとき、本気で泣きそうだったんだよ」
レイ「でしょうね。全力疾走してたし」
マリ「あれ絶対リスナーにバレてるよな……恥ずかしい」
レイ「リスナーなんていないでしょ」
マリ「いたらどうする?」
レイ「その時は、その時よ。笑われればいいじゃない」
マリ「くっそー、笑い者になる未来しか見えねぇ!」
――次回も、ゆるくお届けします。