第1話 誰もいない世界で始まるラジオ
初めて書き出します
読んでいただけたら何よりです♪
灰色の空の下、廃墟となったラジオ局から今日も電波が流れる。
この声が誰に届くかはわからない。届かないかもしれない。
けれど、それでも二人はマイクの前に座り、放送を続けていた。
「……こちら、終末ラジオ放送局。生き残っている誰かに、こんばんは」
低く落ち着いた声で告げるのはレイ。
彼女は淡々と、この誰もいない世界の実況をするのが日課になっていた。
「おーい!パンデミックで人が消えたってのに、まだ私たちはしゃべってるぞー!
っていうか、聞いてる人ほんとにいるのか?」
隣で声を張るのはマリ。彼女はいつも少しだけふざけて、放送に活気を与えている。
「いたら奇跡ね。でも、ゼロじゃないかもしれない。ラジオって、そういうものだもの」
「おっ、かっこつけたな。よーし、今日も勝手に電波を垂れ流してやるぜ!」
レイは小さく笑い、マリは大げさに胸を張る。
人類の大半がいなくなったこの世界でも、二人だけの放送は続いていた。
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「今朝ね、街を歩いてたら、マスクがまだいっぱい落ちてたの」
レイがふと思い出したように口を開く。
「まだ残ってんのか!あの頃、みんな必死に買い占めてたからな。
でも今じゃ、ただの路上アートだ」
マリは肩をすくめ、笑い飛ばす。
レイは静かに頷き、少し考え込むように言葉を続けた。
「未来の考古学者が見つけたら、“古代人の儀式用アイテム”だって言うかも」
「いやいや、“人類は常に口を隠す種族だった”って言われるに決まってる」
「マスク顔の石像が並んでる未来……なんだか笑えるわね」
二人の笑い声が、虚ろなスタジオに響いた。
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「それじゃあ、ここで今日の“終末ニュース”です!」
マリはラジオDJのように声を張り上げた。
「ニュースその一。市役所の掲示板に、まだポスターが貼ってありました。
『マスク着用をお願いします』……もう誰もいないのに」
「律儀だなあ。ゾンビにマスクしろってか?」
「ニュースその二。薬局の冷蔵庫から、ワクチンの瓶を発見しました」
「おお!それはすごい!」
「……賞味期限、十年前」
「うわぁ、それ打ったら逆にゾンビ化しそうだな」
ニュースというより廃墟レポート。
それでも、電波に乗せることで二人にとっては立派な番組の一部になった。
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「さて……次は何やる?ニュースも終わったし」
マリが退屈そうに問いかける。
「そうね……じゃあ“お便りコーナー”でもやる?」
「はぁ!?誰が送ってくるんだよ!人なんていないだろ」
「でもラジオって“お便りコーナー”が必要なのよ。雰囲気、大事でしょ」
「……なるほどな。よーし、勝手に届いたことにしよう!」
マリはノリノリで紙をめくる仕草をして、架空の投稿を読み上げる。
「『ラジオネーム・残り物大好きさん』から!
“パンデミック後のスーパーで、好きなものを一つだけ選べるとしたら何を選びますか?”」
「私は缶詰ね。ツナとかサバとか。栄養は大事だし」
「私はアイス!電気止まって溶けてるけど、むしろ飲み物としていける!」
「終末でようやく叶える夢って、なんだか皮肉ね」
「皮肉でもいいじゃん!人類滅んでも私たちの食欲は生きてるんだよ!」
二人は声を上げて笑った。
廃墟にこだまするその笑いは、ほんの少しだけ、世界を明るくした。
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「……さて、そろそろお別れの時間です」
レイが時計を見るように静かに言った。
「終末に時間の区切りなんていらないけどな」
「でも“番組が終わる”っていう区切りがあるから、また次に声を出したくなるのよ」
「なるほどな。じゃあ次も楽しみにしておくか。誰も聞いてなくても」
「……誰かが拾ってくれるかもしれないでしょ」
レイの目は遠くを見ていた。
マリはわざと明るく笑って、マイクに向かって叫ぶ。
「聞いてるやつがいたら、一緒に馬鹿話しようぜ!」
灰色の世界に響く声。
その電波は、果たして誰に届くのだろうか…
世界がパンデミックで崩壊しても、ラジオは続いている。
誰に届くかわからない声を流し続ける二人、レイとマリ。
次回も、彼女たちは廃墟のスタジオから放送を続ける。