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第五話「再会」

 王都リュミエール、通称――【空の学府】。

 王権でありながらその実、魔導院という巨大な学術院が権力の大半を握っている。

 魔導院は一つの街程の大きさを誇り、内部には学舎から生徒たちの住居、商店街や娯楽施設まで全てが揃えられており、院内だけで生活が完結する作りとなっている。

 中央には【知識の尖塔】が聳え立ち、この国の叡智が集められている。

 その塔の主こそ、瞬の魔法の師にして【空の学府】の最高責任者――エルフリーデ=アルントだ。


 中層には専門分野ごとの研究棟と講義棟が分かれて並び、それらを環状に囲うように生徒たちの寮や生活区画が配置されている。

 生活区画には寮や食堂に加え、魔導具専門の露店や文具屋、魔力転送式の大浴場なども設けられており、日々多くの学生と職員が行き交う。


 最下層――浮遊都市の“基盤”ともいえる層には外界との港が設けられ、貨物と旅人を受け入れる関所がある。ここから上層へと至るには、中央を貫く浮遊昇降機(リフター)、あるいは魔導列車による移動が主となる。


 街の全てが空中に築かれ、しかも魔力によって維持されているという現実。

 それは、自然の中で育った者にとってまさに"異界"であった。


 しかし、どこか強く惹かれる佇まいだ。

 

「……叔父上、今行きます」


 大門を潜り、石造りの道を行く。

 遠くに見える塔の影を仰ぎ見ながら。


 §


 案内人の後を付いて行く。


「いやはや、学院長が外に弟子を持っていたと聞いた時は冗談かと思っていましたが……」


 案内人の男性職員、グラントはそんな世間話をしながら瞬を連れて進んでいく。

 瞬は見慣れない景色にキョロキョロと視線を動かしている。

 そんな彼女を微笑ましそうに見ると、グラントはおもむろに語りだした。


「ここリュミエール魔導院はその名にある通り"魔導"、つまるところ魔法に力を入れているが、実際のところ剣術をはじめとした武術にも重きを置いている。学生の中には学者ではなく冒険者志望の生徒も多いのでね、生存術の一つとして武も学ばせているんだ」


 グラントは瞬の腰にある大小二振りの刀に目を向けながらそう言う。


「それは良かった。俺はどちらかというと剣の方が好きだからな」


「……ですが、貴女の身に纏う魔力。相当な練度だ、しっかり鍛え学んできたのでしょうね」


「死にたくはないので」


 瞬の言葉に、グラントはわずかに目を細める。


「……なるほど。学院長の慧眼は、やはり確かだ」


「何か?」


「いえ、少し感心しただけですよ。“死にたくないから学ぶ”という者は、案外少ないものです」


 瞬はその言葉の意味を測るようにグラントを見やるが、彼の横顔は柔らかく、どこか寂しげでもあった。


 学ぶ者の中には、権威を求める者もいる。

 力を誇示したい者もいれば、ただ“使える力”が欲しい者もいる。

 だが――“生きるために学ぶ”という言葉には、もっと切実な重みがある。


 歩を進めるたびに、街の様相が少しずつ変わっていく。

 空に浮かぶ広大なこの学府には、都市に似た喧騒と、それとは異なる静謐が共存していた。


 石畳の先に、ひときわ高くそびえる白銀の塔――【知識の尖塔】が、その姿を徐々に大きくしていく。


「学院長は、塔の最上層にて貴女をお待ちです。どうか、礼は尽くしてください。あの方は“厳しくて、優しい”お人です」


「承知しているとも。案内(あない)、助かり申した。では」


 グラントに軽く頭を下げ、瞬はひとり塔へと向かった。


 塔の入口には、魔導紋が刻まれた白銀の扉が重々しく聳え立ち、その左右には人の形を模した無人の魔導甲冑が控えていた。


 瞬が近づくと、甲冑の片方が動いた。


 ギィ――という音と共に右腕が掲げられ、何かを識別するかのように空中に魔法陣が展開される。

 その中心に瞬の姿が映し出された瞬間、魔力の揺らぎが収束し、扉の紋が淡く発光した。


「緋暘瞬。招致記録、照合完了」


 無機質な声が響き、扉が音もなく左右に開いていく。


 塔の内部は静謐だった。

 音を吸い込むような白石の廊下と、魔法灯だけが揺らめく長い回廊。

 中央には螺旋の階段があり、浮遊石の魔法リフターが瞬を待っていた。


 無言のまま、その上に立つ。


 重力の感覚がふっと消え、浮遊感と共に上昇が始まった。


 壁の装飾が静かに流れていく。

 大理石の柱に刻まれた魔導式、天井に描かれた天文図、どれもがこの国の叡智の象徴であり、力の歴史だった。


 ──そして、扉がひとつ開く。


 そこは、塔の最上層。学院長執務室。


 空が見える。

 部屋の奥、壁一面が透明な魔導硝子となっており、雲よりも高い視点から世界を見下ろしていた。


 その前に、背を向けて立つひとりの人物。


 銀の髪を後ろで束ね、肩にかかる白の外套。

 背筋はまっすぐで、佇まいは凛と静かで、まるで山よりも高く、氷よりも澄んだ存在だった。


「……来たか」


 その声はかつてと変わらず、静かに、深く、胸に響く。


 瞬はゆっくりと歩み寄り、膝をつき、頭を垂れた。


「エルフリーデ=アルント学院長。緋暘瞬、ただいま参上仕りました」


 沈黙のあと、背を向けたまま彼女が呟いた。


「久しいな、瞬。……立て。顔を見せろ」


 瞬は顔を上げ、師と再び、目を合わせた。

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